2023年1月5日木曜日

2023年1月5日の聖句

神よ、あなたは私の若いころから私を教えてくださいました。私は今なお、あなたの奇しい御業を告げ知らせています。(詩編71:17)
主よ、今こそあなたは、おことばどおり、僕を安らかに去らせてくださいます。私の目があなたのみ救いを見たからです。あなたが万民の前に備えられた救いを。(ルカ2:29~31)

今日の新約聖書の御言葉は、シメオンの言葉です。律法に定められているとおり、まだ生まれたばかりの主イエスを両親がエルサレムの神殿に連れて来た。彼らは貧しい家庭でしたので、山鳩一つがいか若い家鳩二羽を献げて礼拝をするのです。そのとき、シメオンという人がそこにいました。彼は正しい人で信仰に篤く、イスラエルの慰められるのを待ち、聖霊が彼に留まっていた、と聖書は伝えています。彼は、主が遣わすメシアに出会うまでは死なないと聖霊からのお告げを受けていた。その人が、両親に連れられて神殿に来た主メシア、イエスに遂に出会ったのです。
「主よ、今こそあなたは、おことばどおり、僕を安らかに去らせてくださいます。
私の目があなたのみ救いを見たからです。
あなたが万民の前に備えられた救いを。」
このシメオンの言葉は、後に讃美歌として歌われるようになりました。「ヌンク・ディミティス」と呼ばれています。聖餐のときに賛美されることも多いのです。この目で主の救いを見ました、万民のための救いを。主は今私をお言葉どおりに安らかに去らせてくださいます、私は安らかに死ぬことができます。代々の信仰者たちは聖餐を頂く度にその信仰を新しくしてきました。
シメオンは、自分が何のために生きているのかをよく知っていました。私はメシアと出会うために生きている。私と万民とを救ってくださる神さまの御業を見るために生きている。それは今日の詩編の御言葉が「奇しいみわざ」と言っている、神さまの大いなる御業です。旧約の民も待ち望んでいた救いの御業。シメオンはそれを遂に目撃した。私たちも、主イエス・キリストに現れた神さまの救いの御業を仰ぐために生きています。シメオンや詩編の祈り手たちが待ち望み、仰いだ救いを私たちは聖書に教えられ、キリストを想起し、キリストと出会うために新しい一日に出発していきます。

2024年4月30日の聖句

主よ、思い起こしてください、あなたの憐れみと慈しみを。それはとこしえからあるもの。(詩編25:6) しかし、私たちの救い主である神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたとき、神は、私たちがなした義の行いによってではなく、ご自分の憐れみによって、私たちを救ってくださいました。この憐れ...