2023年2月19日日曜日

2023年2月19日の聖句

今週の聖句:
今、私たちはエルサレムへ上って行く。そして、人の子について預言者が書いたことはみな実現する。(ルカ18:31)

今日の聖句:
昼は主が私に慈しみを届けてくださり、夜は私が自らのいのちの神に向かって歌と祈りを捧げる。(詩編42:9)
イエスは群衆を解散させると、独りとなり、祈るために山に登られた。そして日が暮れても、ただ一人、そこにおられた。(マタイ14:23)

創世記第一章には、神が天と地とそこにあるすべてのものをお造りになったときのことが書かれています。一日一日、毎日、同じように締めくくられています。「夕べがあり、朝があった。第一の日である。」これと同じように、夕べがあり、朝があり、一日また一日と刻まれていきました。夕べも朝も、神様がお造りになったものです。だから私たちは夕べにも朝にも神様の創造の御業を仰ぎ、神が造ってくださった夕べを歌と祈りをもってほめたたえ、そして神が造ってくださった昼に神の慈しみを喜んで毎日を過ごします。
ところで、この創世記の言葉は「夕べがあり、朝があった」と夕べから始まっています。聖書の世界では、一日は夕べから始まりました。日没からです。日が暮れると、新しい一日になる。昔のことですから、夕べになって暗くなったら、もうすることは一つしかありません。寝るだけです。一日の始まりは休息から始まる。自分の仕事からではない。休むことからです。神が働いてくださっているから。寝ているとき、私たちは神の慈しみだけに支えられている。
主イエスは夕べになってもなお祈っておられました。夕べになり、日が暮れて、闇夜の中でも起きて働いていてくださる神様に祈ったのです。夕べも支配しておられる方、闇夜の中でもご自分の慈しみでこの世界を保っていてくださる方。この方に主は祈られた。
昼にも、神は私たちに慈しみを届けてくださいます。私たちは昼の光の中でも神を賛美し、神を礼拝し、神の聖なるお名前をほめたたえます。夕べも昼も神が造り、私たちに贈ってくださったからです。主イエス・キリストの父である神の恵みと慈しみを味わう夜であり、昼でありますように。
今日、キリストの恵みがあなたにありますように。祝福を祈ります。

2024年5月8日の聖句

(主は)私の口に新しい歌を、我らの神への賛美を授けてくださった。(詩編40:4) あなたがたは、心の霊において新たにされなさい。(エフェソ4:23) 主が、新しい歌を授けてくださった。すてきな言葉です。「主に、新しい歌を」とは言っていません。主が私の口に新しい歌を授けてくださった...