2015年3月4日水曜日

詩編第119編33から40節

(私訳)
33 私に教えてください 主よ 道を あなたの掟の
  そしてそれを私は見ましょう 最後まで
34 私に理解させてください
  そして私は保ちましょう あなたの律法を そして私はそれを守りましょう 全ての心において
35 私を歩かせてください 小道において あなたの戒めの
  なぜなら それを 私は喜んだ
36 向けさせてください 私の心を あなたの定めに
  しかし ない 不正な利益に
37 背けさせてください 私の両目を 見ることから 空しさを
  あなたの道において 私を生かしてください
38 立たせてください あなたの僕のために あなたの言葉を
  それは あなたを畏れる者のためのところの
39 背けさせてください 私の恥を 私が恐れるところの
  なぜなら あなたの裁きは 良い
40 見てください 私は待ち焦がれた あなたの命令を

  あなたの正しさにおいて 私を生かしてください


この詩編の構成と特徴
この連の鍵言葉は「道」である。333537節に出てくる(35節は同じ語根の動詞形)。つまり、「道」を含む三つの段落に分けられる。ⅠからⅡには「心」が、ⅡからⅢには「不正な利益」、「空しさ」、「私の恥」などのマイナスイメージを与える言葉があり、主題を深化させている。
また、この連はヘーから始まる関係で、40節以外の各節冒頭がヒフィル形(使役形)の命令法の動詞であり、私をしてこのようにしてください、という祈りの言葉である。

第Ⅰ段落(33から34節)
「主よ」と呼び、教えてください、理解させてくださいと祈る。その祈りに導かれて、私はあなたの掟の道を見ましょう、保ちましょう、理解しましょうと信仰を表明する。ここでは極めてシンプルな告白という印象が強い。「全ての心において」が次の段落への橋渡しになる。

第Ⅱ段落(35から36節)
「私を歩かせてください、あなたの小道に」と祈る。それは「私がこの小道を喜んだ」からだ。だから、こうも祈る。「向けさせてください、私の心を。不正な利益にではなく、主の定めに。」まず、「私の心」という前段との橋渡しがある。この「心」は知性の座という印象を受ける言葉だが、無論知性を含めた行動全体を指すと考える方が適切だろう。また、「不正な利益」には暴力的な手段で得た利益という意味もある。このような利益は空しいし、空しいものを追えば、最後には恥を恐れるしかない。第Ⅲ段落に続く。

第Ⅲ段落(37から40節)
この段落に登場する「道」にはⅠのようなシンプルさは見られない。「空しさ」や「恥」に言い表される自分の罪の自覚の中で、なお主の道を求めて祈るのだ。だから、詩編作者は「背けさせてください」と繰り返し願う。私の両目が空しさを見ないように、私が恐れる私の恥から。なぜなら、主の裁きは良いものだからだ。「良い」のは不正な利益ではない。私は待ち焦がれている。主の命令を。そのように言う作者は主を畏れている。主の言葉の成就(立つこと)を願う。だから、主の道において生かされることを、主の正しさに生かされることを祈る。罪の道からの解放を求める者の祈りだ。

祈りのために
マルコ9・4250は徹底して躓きを退ける。42節の「小さな者」は前段落の者。彼らも躓かせない。これは手も足も目も献げたキリストのお言葉。この詩編と共に祈る。

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