7節に「空しい偶像に頼る者」とある。偶像は何も刻んだ像のことだけではない。わたしたちの目から見て頼りになると思えるものは何でも偶像になり得る。人間の願望がつくり出すのだ。詩編作者は苦しんでいる。しかし、偶像に頼らない。主なる神のみを信頼する(15)。世間では辱められて、傲慢な者が周りを囲もうとも、「御目の前から絶たれた」と言ってしまうときにも、主に向かう叫びを、嘆き祈る声を神は聞いてくださる。心を強くしよう。
2024年5月1日の聖句
5月の聖句: 私には、すべてのことが許されています。しかし、すべてのことが益になるわけではありません。私には、すべてのことが許されています。しかし、私は何事にも支配されはしません。(1コリント6:12) 今日の聖句: 私があなたと共にいて救い出すーー主の仰せ。(エレミヤ30:11...
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主イエス・キリストが、安息日になるといつものように会堂に入り、聖書を朗読なさいます。これだけでもう慰め深い言葉です。私たちは今主がそうなさったのと同じように、私たちの安息日である主の日、日曜日に教会堂に集まって礼拝を献げています。今日、ここに来られな...
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今日の通読箇所:ルカによる福音書7:24~50、ヨシュア記1 8、詩編124~125 ヨシュア記18; 「あなたがたの先祖の神、主が与えられた地に入り、所有するのを いつまでためらっているのか(3節)」。すでにイスラエルの五つ の部族には所有地が割り当てられましたが、 まだ...
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詩編29~30 主は洪水の上に座し 主は王として、とこしえに座した。 主がその民に力を与えてくださるように。 主がその民を祝福してくださるように 平安のうちに。(30:10~11) 川の水はかの平清盛にさえもどうにもならないと言わしめたと聞き及んだことがあります。私たち人間の...