2023年8月24日木曜日

2023年8月24日の聖句

主は私に言われた。
「あなたは私の僕、イスラエル。
私はあなたの中で私の栄光を現す。」(イザヤ書49:3)
神は、イエス・キリストを通して御言葉をイスラエルの子らに送り、平和を告げ知らせてくださいました。このイエス・キリストこそ、すべての人の主です。(使徒10:36)

今日の旧約聖書に登場するのは、「主の僕」と呼ばれる一人の究極的預言者のような存在です。同じイザヤ書の第53章になると「苦難の僕」としての姿が描かれることになる。やがて新約聖書に至り、それが主イエス・キリストを預言する言葉として受け止められることになります。
今日のところでとても興味深いのは「あなたは私の僕、イスラエル」と呼ばれているところです。イスラエルというのは、民の名、あるいは国の名です。もともとはイサクの子ヤコブの別名でしたが、彼の名が民の名とされた。ですからイスラエルとは基本的には個人名ではなく信仰の民の呼び名です。しかし、ここでは主の僕に向かって「あなたは私の僕、イスラエル」と呼んでいることになる。主の御前にある究極的預言者、やがて主イエスがそれを成就した苦難の僕、この人こそ主なる神の僕であり、信仰の民イスラエルの究極的体現者だ、というのです。
本当は、私たち信仰の民が神の僕、信仰の群れとして神の前に生きるべきだったのです。しかし、旧約の民も、新約の民である教会も、神様の御前にとても欠けの多い、罪深い者です。そんな私たちの代表として主イエス・キリストが立ち、ただお一人で究極の神の民となってくださいました。
つまり、主イエス・キリストは、私たち信仰者の代表になってくださったのです。神は、キリストのお姿に表された信仰者としてのあり方を、私たちのあり方とみなしてくださいました。主イエスが体現なさった神への信仰を、私たちの信仰としてくださいました。キリストが私たちの代表として本当に人間らしく生きてくださったので、私たちは神の御前に人間らしい存在と数えられたのです。キリストが私たちに代わって神の前に生きてくださったからです。
このキリストが打ち立てた神との平和に、私たちは今日生かされているのです。

2024年5月8日の聖句

(主は)私の口に新しい歌を、我らの神への賛美を授けてくださった。(詩編40:4) あなたがたは、心の霊において新たにされなさい。(エフェソ4:23) 主が、新しい歌を授けてくださった。すてきな言葉です。「主に、新しい歌を」とは言っていません。主が私の口に新しい歌を授けてくださった...