2023年10月18日水曜日

2023年10月18日の福音

私は知っています。
主は必ず、貧しい人の訴えを取り上げ
乏しい人のために裁きをしてくださることを。(詩編140:3)
貧しい人々は、幸いである
神の国はあなたがたのものである。(ルカ6:20)

聖書を読むと、貧しい人に向かう神様の目には特別なものがあります。「主は必ず、貧しい人の訴えを取り上げ、乏しい人のために裁きをしてくださる」。そして、主イエス・キリストは「貧しい人々は、幸いである」と宣言なさいます。
この世の現実は、神様のこのまなざしとはかけ離れています。貧しいというのは、本当に大変なことです。生きるか死ぬかということを意味するし、最低限の尊厳が守られた生活をするためにも、貧しさというのは大きな脅威です。それだけに主イエスのこの御言葉は、私たちにとっては破格の福音宣言ではないでしょうか。主イエスにしか言うことができない言葉です。なぜなら、貧しい人の幸いは「神の国はあなたがたのものである」と言うことのできる方によって保証されて初めてリアルなものになるし、本当に幸いがここにあるということのできる内実が与えられるからです。
ここで一つ注意したいことはこの主イエスの宣言を、私たちが何もしない口実にしてはならない、ということです。主イエスの言葉を聞いて、聞いただけで終えてしまって、貧しい人のための幸いに自分自身がなろうとしないということはあってはならないのだと思います。主イエスが貧しい人の幸いを宣言したとき、そこには、私たちへの促しも含まれているのではないでしょうか。この主イエスの御言葉を聞いているあなたも、貧しい人への祝福になってほしいという願いが込められているのではないでしょうか。
主イエスの語る福音は私たちを新しくします。私たちを福音に生きる者にする。キリストの言葉が拓く新しい幸いに、私たちは招かれています。

2024年5月8日の聖句

(主は)私の口に新しい歌を、我らの神への賛美を授けてくださった。(詩編40:4) あなたがたは、心の霊において新たにされなさい。(エフェソ4:23) 主が、新しい歌を授けてくださった。すてきな言葉です。「主に、新しい歌を」とは言っていません。主が私の口に新しい歌を授けてくださった...