2015年1月7日水曜日

詩編第119編1から8節(アレフ)

(私訳)
1 幸いだ 完全な道を
  歩いている人たちは 律法の中に 主の
2 幸いだ 見る人たちは 彼の定めを
  すべての心において 彼らはそれを探している
3 実に 彼らは行わない 不正を
  彼の道の中を 彼らは歩く

4 あなたが 命じた あなたの命令を 守るように 固く

5 ああ 確かにしてください 私の道を
  守るように あなたの掟を
6 そうすれば 私は恥じない
  私が見るときに すべてのあなたの戒めを
7 私はあなたを讃美したい 心の正直さの中で
  私が学ぶとき あなたの正しさの裁きを
8 あなたの掟を 私は守ります
        私を棄てないでください どうか

この詩編の構成
この詩は主語に注目すると三つに分けることができる。1から3節は「人々」が主語、4節は「あなた」が主語、5から8節は「私」が主語になっている。
また、1節に「完全な道」とあり、3節には「彼の道」とある。これはどちらも「主の道」を指している。しかし、4節には「道」は登場せず、次に登場するのは5節で、ここでは主の道ではなく、「私の道」が主題になっている。従って、この詩編は「主の道」を主題とする第Ⅰ部、「あなた」が主語になっている第Ⅱ部、「私の道」が主題になっている第Ⅲ部、という3部から成り立っていることが分かる。

第Ⅰ部(1から3節)
「幸いだ」と始まっている。幸いなのは主の道を歩く人たちだ。完全な道を歩く人、律法の中を歩く人、主の定めを見る人、心を尽くしてそれを探し求める人、彼らは幸いである。道を行くという比喩的な表現で表しているのは生き方そのものであろう。主の律法により、主の定めにより生きる者は幸いである。この幸いを「人々」を主語として、一般的に述べている。
第Ⅱ部(4節)
「あなた」は言うまでもなく主である。「あなた」と呼びかける方、他ならぬ主ご自身が、主の命令を守るようにと私に命じられた。この詩編の中心である。
第Ⅲ部(5から8節)
従って、もうこの詩は一般的な幸いについては述べない。私自身がこの幸いに生きようと願う。だから「私の道」を確かにしてください、私が主の道を歩けますように、と祈る。つまり、私が主の掟を守るように、確かにしてくださいと祈る。あの幸いにこの私も生きたい。そうすれば、神の御前に恥じることなく生きられる。心から正直に神を讃美できる。これは神を「あなた」と親しくお呼びするものの願いなのだ。

祈りのために
ローマ8・28〜39によると、私たちをキリストに似た者にするために、神が味方でいてくださいます。だから主の道を歩めるのです。

資料
https://drive.google.com/file/d/0B2xNZrl4svuJYUFFZWJzOTBIOFE/view?usp=sharing

詩編第119編161から168節「感謝の先取り」

「主よ、わたしは御救いを仰いで待ち、あなたの戒めを実行します。」待っている。今はまだ苦しんでいるから。頼りは神の言葉だけなのだ。「仰せを受けて私は喜びます、多くの戦利品を得たかのように。」今はまだ勝利したわけではないが、既にそうであるかのように喜ぶ。感謝を先取りしている。神の言...