2017年5月14日日曜日

創世記第1章26から27節「あなたは神さまが造った芸術品!」

 キャッチボールをしたことはあるでしょうか?私は小中高とサッカーをしていたので、キャッチボールというよりはパス練習ですが。どんなボールを使っても、キャッチボールというのは、一番初めにする練習だと思います。しかも、一人ではできない練習です。相手の取れるところにボールを投げて、取ってもらう。言葉のキャッチボールも、目では見えないですけれど同じです。相手に届く言葉を渡す。相手の言葉を受け取る。当然のことかもしれません。
 毎週日曜日、教会で行っている「礼拝」というのも、言わば言葉のキャッチボールです。誰と誰とで行うキャッチボールなのか。それは、神さまと人との間で行うキャッチボールです。神さまは私たちにボールを投げてくださいました。聖書という言葉を与えてくださいました。今朝は、「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。」という言葉を読みました。少し難しい言葉もありますが、一言で言うと、神さまはあなたをお造りになりました。しかも、神さまにかたどって、造られたのです。あなたは神さまが造った芸術品です!
 あなたは神さまの芸術品。これは長い聖書の中でも、一番初めに書かれていること。しかも、神さまはほかのすべての動物も造られましたが、それらは神さまにかたどって造られた訳ではないと言うのです。つまり、人間は特に神さまに似せて、かたどられて造られた、神さまと言葉のキャッチボールをする存在なのです。そして、神さまはあなたを見て言います。「素晴らしい!良くできた!あなたがいてくれてうれしい!」
 まだ、何にも成長していない時から、神さまはあなたを喜びました。まだ、何にも勉強していない時から、神さまはあなたが素晴らしいと言いました。まだ、何にも働いていない時から、神さまはあなたを見て「良くできた」と喜んだのです。神さまは、すべての人々をそのように見ていてくださいます。なぜなら、自分で造ったのですから。
 私たちは学校で過ごすときや、家族の間で過ごすとき、楽しい事ばかりではないかもしれません。友だちのひと言で傷ついてしまったり、先生やお家の人に怒られて悲しんでしまったりすることがあります。そんな時、「あぁ、自分はダメなのかなぁ」とか「自分なんていらないのかなぁ」とか思ってしまうかもしれない。さらに酷いときには、「自分なんて嫌いだ!自分なんていなくなればいい!」と思うことだってある。けれども、決してそんなことはありません。神さまは、聖書を通して私たちの姿を教えてくれています。「あなたは、わたしの芸術品だ!最高傑作だ!あなたがいてくれて、わたしはうれしい。」

神さまは、あなたを造った方で、あなたを喜んでいるお方です。

詩編第119編161から168節「感謝の先取り」

「主よ、わたしは御救いを仰いで待ち、あなたの戒めを実行します。」待っている。今はまだ苦しんでいるから。頼りは神の言葉だけなのだ。「仰せを受けて私は喜びます、多くの戦利品を得たかのように。」今はまだ勝利したわけではないが、既にそうであるかのように喜ぶ。感謝を先取りしている。神の言...