2018年12月13日木曜日

詩編第130編「どん底ででも祈ろう」

この詩編作者は、「深い淵の底から」主を呼んでいる。かつてそこにいて、今はもうそこから救われたから、というのではない。今、どん底にいるのだ。嘆きの中にいても、私たちは主に祈ることができるのだ。「わたしの魂は主に望みをおき」と、私たちも祈ろう。見張りが朝を待つにも増して、主を待ち望もう。慈しみも贖いも、主のもとにあるのだから。私たちは他の一体どこに救いを求めるというのか。この方以外のどこに救いがあろうか。

2024年5月3日の聖句

耳の聞こえない人を呪ってはならない。目の見えない人の前につまずく物を置いてはならない。あなたの神を畏れなさい。(レビ19:14) (イエスの言葉)あなたの父が慈しみ深いように、あなたがたも慈しみ深い者となりなさい。(ルカ6:36) 悪意を持ってわざと耳の聞こえない人を呪ったり、目...