2020年12月21日月曜日

2020年12月21日(ヨハネの黙示録21)

ヨハネの黙示録21
私は、この都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが神殿だからである。この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らし、小羊が都の明かりだからである。

今、どんなに悪の力が強くとも、必ず悪が打ち負かされる時が来る。私たちはそう信じています。神は悪を打ち負かし、やがてすべてを完成させます。「また私は、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は過ぎ去り、もはや海もない。また私は、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために装った花嫁のように支度を整え、神のもとを出て、天から降ってくるのを見た。」こうして、神さまが御自ら私たちと共にいてくださいます。私たちの目から涙をことごとく拭い、もはや私たちに悲しみも嘆きも痛みもなくなる日が来る。私たちはこの完成の日を待ち望んでいます。
この新しいエルサレムには、神殿がありません。神殿という特別な場所は必要ないのです。そこに行けば神さまに会える、神さまを礼拝するための場所。それが神殿です。ところが、新しいエルサレムには神殿が必要ない。この都では、いつでも私たちは神さまと共にいるからです。神さまに会うための特別な場所はいらないのです。
それだけではありません。この都には、太陽も月も必要ない。太陽や月に照らされなくても、神の栄光と小羊キリストご自身がこの都を照らす光だからです。私たちはキリストという光に照らされています。クリスマスの夜、羊飼いたちを照らした光は、この新しい都を照らす光の前触れだったのではないでしょうか。博士たちをイエスのもとに導いた星の輝きも、キリストの光の先取りだったのではないかと思います。
クリスマスに先立つ四週間のアドベントでは、毎週日曜日に一本ずつロウソクに火を灯してクリスマスを待ちます。昨日、四本のロウソクに灯がともりました。暗闇の中に、キリストという光が宿ったのです。やがて、すべてが完成されるその日には、太陽も月も必要のないほどの光に包まれることになります。小羊ご自身が、私たちのための光でいてくださるのです。今日、私たちを照らす光も、太陽や月である以上にキリストという光です。今日一日に、キリストの祝福がありますように。

2024年4月19日の聖句

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