2022年4月12日火曜日

2022年4月12日の聖句

喜びの声をもって告げ、聞かせよ。地の果てまで響き渡らせよ。「主はその僕ヤコブを贖われた」と。(イザヤ48:20)
御父は、私たちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下へと移してくださいました。(コロサイ1:13)

主はその僕ヤコブを贖われた。
この「贖う」という言葉は、私が旧約聖書の中でもいちばん大好きな言葉です。「贖う」というと何か難しい専門用語のように感じるかも知れませんが、辞書を引くと最初に出て来る意味は「親戚として振る舞う」です。「主はその僕ヤコブを贖われた」、それは「主はその僕ヤコブの親戚として振る舞われた」ということになります。ヤコブというのは旧約聖書の言い方で神の民という意味です。つまり、今の時代で言えば、私たちのことです。神さまは私たちの親戚として振る舞ってくださっている、と言うのです。
親戚としての振るまい。それは、例えば、誰かが借金のために何もかも売り払い、自分自身をも売らなくてはならないような事態に陥ってしまったときに、親戚がその人のための身請けをする。あるいは孤児や寡婦になってしまったとき、ある人が親戚として彼女を、あるいはその子を引き取り、世話をする。それが古代ユダヤの親戚としての責務です。神さまは私たちのために親戚として振る舞って、私たちが何もかも失ってしまったり、そのために自分自身を売らなくてはならなくなってしまったり、寄る辺なくなってしまったときに、私たちを引き受けてくださるのです。
そのことを新約聖書のコロサイの信徒への手紙ではこのように言います。「御父は、私たちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下へと移してくださいました。」何よりも深刻なのは、私たちが闇の力に支配されてしまっていること、闇の力に売り渡されてしまったことです。言葉を換えれば、罪や悪の力の虜になっていること。ところが神さまがそんな私たちを買い戻してくださったのです。親戚としての責務を果たしてくださった。神さまは私たちを他人とはなさらず、私たちのために代償を払って、私たちをご自分の愛する御子の支配下に移してくださいました。
受難週の歩みを進めています。キリストは十字架にかけられた。私たちを買い戻すためです。私たちをご自分の愛の支配の中に移すために。喜びの声をもって告げ、聞かせましょう。地の果てまで響き渡らせましょう。「主はその僕ヤコブを贖われた」と。

2024年5月6日の聖句

災いの日に、主は私を仮庵に隠し、幕屋の隠れ場にかくまってくださる。(詩編27:5) 主は真実な方です。あなたがたを強め、悪しき者から守ってくださいます。(2テサロニケ3:3) 私たちの神さまは、災いの日に私たちをかくまい、私たちを守ってくださるお方です。どんな災いにも打ち勝ち、ど...