2023年7月1日土曜日

2023年7月1日の聖句

主よ、あなたに、私の訴えについてお任せしました。(エレミヤ11:20)
みこころが天でおこなわれるように、地でもおこなわれますように。(マタイ6:10)

みこころ。神さまのご意志という意味です。神さま、あなたのご意志が、あなたが望んでおられることが実現しますように。天におけるように、地の上にも。キリストはそう祈るように教えてくださいました。それは、私の願いは神さまにお任せします、という信頼の祈りです。私が願っていることがそのままおこなわれるよりも、神さまが願いの通りになることが最もふさわしい、という神さまへの篤い信頼の祈りです。
地。それは、私たちが生きているこの世界です。この世界には人の数だけの願いがあって、あるところではそれが激しく対立し、争いやいさかいを生んでいます。大きな争いもあれば、冷たく無視するような、人目にはつかないけれども激しい対立も起こる。願いと願いとがぶつかって戦いが起こります。私たちは自分の願いがかなうことが一番よいことだと信じているところがあるので、ぶつかり合いはどこででも起こる。あるいは面だっては争いにならず、一方が我慢を強いられたり、自分の願いを押し殺さざるを得ないということもあるでしょう。そうすると声が大きかったり力が強かったりする人の願いが実現していくことになります。
しかし、私たちは神さまの御心がなりますようにと祈り願います。私の願いではない。誰かの願いでもない。神さまの御心、神さまの願いが実現するように。
それでは、神さまの御心とは一体何か。それがはっきりとあらわされた一つの出来事は、ゲツセマネの祈りでした。主イエスは十字架にかけられる前の晩にゲツセマネで祈りました。「父よ、できることなら、この杯を私から過ぎ去らせてください。しかし、私の望むようにではなく、御心のままに。」そして、キリストは十字架にかけられていく。そこで御心がなったのです。神の御心は、ご自分の御子を十字架につけて私たちの罪を赦すことです。ここに神の御心がはっきりと示された。
私たちは祈ります。あなたの御心がなりますように、と。自分の願いではない。神さまの願いこそが救いを実現し、私たちを本当に幸福にするからです。私の願いの拡大はろくなことになりません。争いを生み出し、いさかいを招き、失望や落胆しか生じさせない。しかし神の御心は私ばかりかすべての人を救う神の大いなる福音の出来事です。ですから、私たちは祈ります。「みこころが天でおこなわれるように、地でもおこなわれますように。」

2024年5月9日の聖句

主は彼らに喜びを与えられた。(エズラ6:22) いつも喜んでいなさい。(1テサロニケ5:16) 復活の主日から40日目の今日は、主の昇天を祝う日として覚えられています。主イエス・キリストは、弟子たちの見ている前で天に昇って行かれたと聖書に書かれています。キリストは天に昇り、神の右...