2023年9月1日金曜日

2023年9月1日の聖句

今月の聖句:
イエスは言われた。「それでは、あなたがたは私を何者だと言うのか。」(マタイ16:15)

今日の聖句:
助言が多すぎて、あなたは疲れてしまった。(イザヤ47:13)
自分を賢い者と思ってはなりません。(ローマ12:16)

今日の旧約聖書の御言葉ですが、今日の聖句の前後を見てみると、特徴的な言葉が繰り返し出てきています。呪文、呪術、天を見て占う者、星に目を凝らす者・・・。ですので、今日の聖句の「助言」というのは、占いやその類いが語る助言、という意味なのでしょう。占いの力は21世紀になっても衰え知らずです。雑誌の片隅には占いの記事があり、朝の情報番組では今日の運勢が語られ、本屋の一角を姓名判断やその類いの書籍が占めています。テレビをつければある種の占い師が登場して何かを語っている。日本人は無宗教だとか、宗教は非科学的だとか言われますが、実際には占いの力は衰えることを知らない。
私たちは占いを信じません。占いや運勢判断の類いをはっきりと拒みます。私たちの人生を支配するのは運命や運勢などの類いではなく、私たちの父である神だからです。私たちは神様の父としての慈しみを信じている。だから占いは必要ありません。
しかしこれだけ占いが力を振るうのは、分からないものや見えないものに対する人間の根源的な無力感が背後にあるのではないかと思います。未来のことは誰にも分からない。人間は無力です。更にはその未来に自分にとって不幸が待っているのだとしたら、なんとかしてそれを避けたいと思うのは自然なことです。だから、占いに助言を求める。しかし「助言が多すぎて、あなたは疲れてしまった」と聖書が言うのは、本当にその通りです。占いにしてもコメンテーターにしても学者にしてもネットに何にしても、いずれにしても私たちの周りにはたくさんの助言が溢れかえっていて、私たちはもう疲れてしまいました。
でも、大丈夫です。確かに私たちにこの先が何が起こるのかは分かりません。無力です。イヤなことが待ち受けているかも知れない。しかし、すべては慈しみ深い神の御手の中にあります。神の慈しみは、キリストに現されました。私たちはキリストをくださった神が支配する世界に生きています。だから、大丈夫です。私たちには理解できないことや分からないことが起こるでしょう。しかし、主イエス・キリストにあって、すべては私たちを神の国へ導くための出来事です。神の御手の内に、私たちの今日一日もおかれています。

2024年5月8日の聖句

(主は)私の口に新しい歌を、我らの神への賛美を授けてくださった。(詩編40:4) あなたがたは、心の霊において新たにされなさい。(エフェソ4:23) 主が、新しい歌を授けてくださった。すてきな言葉です。「主に、新しい歌を」とは言っていません。主が私の口に新しい歌を授けてくださった...