2025年4月15日火曜日

2025年4月15日の聖句

賢者たちが主の言葉を拒むのなら、彼らはどんな知恵を教えることができるというのか。(エレミヤ8:9)
知者はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものとされたではありませんか。(1コリント1:20)

知者も学者も賢者も、神さまの御言葉を歯牙にもかけません。全く無視します。特殊な心を持っている人にしか通用しないもの、あるいは昔の宗教の文献、と考えます。そうすると、こちらとしては言い返したくなるし、こちらのすごさを少しでも見せたくなる。しかし本当はそんな必要ないのです。私たちは愚か者とみられて良い。馬鹿だと思われて一向に構わない。なぜなら、神の知恵である十字架の言葉は、神の愚かさが結んだ実です。私たち罪人を愛し、しかもそのためにご自分の御子を十字架にまでおかけになった。神の愚かさ、神の弱さがそこで輝いた。だから、私たちも愚かになった神の言葉に聞きます。愚か者として福音を信じます。神の愚かさは人間の賢さよりも賢く、神の弱さは人間の強さよりも強いからです。
私たちは神様の御前にへりくだって福音に耳を傾けます。身も心も低くして神の言葉を信じます。ここにこそ私たちが生きるべき知恵があると信じています。私たち人間の知恵は、神様の御前には愚かなものに過ぎない。驚きをもって神の言葉に聞き入りたい。
今週は受難週です。キリストの十字架への道を私の心に刻んでください、と祈りつつ生きていきます。主イエス・キリストをくださった神の御心を私の知恵として頂いて、私もキリストの後に従っていきたい。そう願います。

2026年2月3日の聖句

貧しい者を嘲る者は自分の造り主をそしる。 人の災難を喜ぶ者は罰を免れない。(箴言17:5) 神は、世の貧しい人を選んで信仰に富ませ、ご自分を愛する者に約束された御国を、受け継ぐ者となさったではありませんか。(ヤコブ2:5) 献金は、天国への入場料ではありません。多額の献金をするこ...