2025年12月16日火曜日

2025年12月16日の聖句

神に対してただ静かであれ、私の魂よ。なぜなら神は私の希望だからである。(詩編62:6)
また、幸いなる希望、すなわち大いなる神であり、私たちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望んでいます。(テトス2:13)

「神に対してただ静かであれ、私の魂よ。」私たちもこの言葉を自分自身に対して語りかけましょう。「神に対してただ静かであれ、私の魂よ。」
神さまに対して「なぜですか」と問い、「まだですか」と糾す気持ちで過ごす毎日であるかもしれません。神さまはそんな私たちの祈りを聞いてくださるお方です。憐れみ深く、私たちの訴えに耳を傾けてくださるお方です。私たちはそう信じて祈る。ただ、その訴えの先には主の御前での沈黙がある、ということも真実であると思います。この沈黙は諦めの沈黙ではありません。絶望して言葉を失っているのではない。神こそ私の希望と信じ、問いや訴えの中でなお神を深く信頼するからこそ覚える沈黙です。「神に対してただ静かであれ、私の魂よ。なぜなら神は私の希望だからです。」
今日の新約の御言葉にはこのようにあります。「また、幸いなる希望、すなわち大いなる神であり、私たちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望んでいます。」"私たちの希望"の具体的な内容がここにはっきりと書かれています。主イエス・キリストが栄光のお姿で私たちのところに再び来てくださる。ここにこそ私たちの希望がある。キリストが来てくださって毎日の悩みや痛みや悲しみをすべて神さまの前で救ってくださる。このお方を待ち望むから、ここに希望があることを信じているから、私たちは神の前に静かになることができるのです。

2026年2月16日の聖句

見よ、わたしは使者を送る。 彼はわが前に道を備える。(マラキ3:1) その時、人の子は天使たちを遣わし、地の果てから天の果てまで、選ばれた者を四方から呼び集める。(マルコ13:27) 地の果てから天の果てまで、と主イエス・キリストはおっしゃいます。凄いスケールです。地の果ての私た...