2026年9月5日土曜日

2026年9月5日の聖句

あなたを待ち望む人も皆
恥を受けることがないように。
わけもなく裏切る者が恥を受けるように。(詩編25:3)
岩の上に落ちたものとは、御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても、試練に遭うと落伍してしまう人たちである。(ルカ8:13)

今日の新約は主イエスのたとえ話です。種蒔く人の手から、ある種が岩の上に落ちた。薄い土の層があったのでしょう。すぐに芽を出した。ところがその下の岩地に突き当たってそれ以上根を伸ばすことができず、すぐに枯れてしまった。それは「御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても、試練に遭うと落伍してしまう人たち」だ、と主は言われます。
思い当たる節があまりにもある、わが身に痛い言葉です。簡単に御言葉を受け入れた気になっている。何ならすぐに芽が出たと自分を誇った気持ちにもなる。ところがちょっとした日照りにも耐えることができない。試練に遭ったらすぐに躓いてしまう。それは根がないからだと主は指摘なさいます。しっかりと根を下ろして、自分の中に根を張った足腰の強い信仰になっていない。それでは、その「根」とは何か?足腰の強い信仰とは一体何か?
私はそれは、御言葉を聞いた最初の時から「まずやってみる」ということではないかと思います。聖書に従って祈ってみる、隣人を少しでも愛してみる。何よりも、主なる神以外のものを拝まずに生きてみる。そういう一つひとつのことが、私たちが自分という土地を耕すことなのだと思います。自分を耕すと、自分の中にゴロゴロ転がっていた岩に気付くことができる。御言葉に従ってみようとしてすぐに気付くのは、全然従えない自分だということです。実際に従いもせずに「無理だ」と言いのけるのと、やってみて自分がどんなに神さまから遠いのかを思い知るのとでは全然違います。自分の罪深さに失望し、しかしそこにあるキリストの赦しにすがるとき、私たちは少しずつ良い地に変えて頂いているのではないでしょうか。

2026年9月5日の聖句

あなたを待ち望む人も皆 恥を受けることがないように。 わけもなく裏切る者が恥を受けるように。(詩編25:3) 岩の上に落ちたものとは、御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても、試練に遭うと落伍してしまう人たちである。(ルカ8:13) ...