2017年3月9日木曜日

詩編第59編「慈しみ深い神を見張って待ちます」


1節の表題を見ると、サウル王に殺されそうになったダビデが、王の手下に家を見張られていたときの祈りとある。敵に見張られているというのはつらい。世間という目はまるでオーウェルの言う「偉大なる兄弟」の目のようだ。しかし、この詩編の興味深いのは10節で、ここでは祈り手が神を見張っている。神は私の砦の塔だから。神が守ってくださるよう、見逃さないように注視する。信仰者の目は世間の目の中でも神に向く。そこに慰めがある。

詩編第119編161から168節「感謝の先取り」

「主よ、わたしは御救いを仰いで待ち、あなたの戒めを実行します。」待っている。今はまだ苦しんでいるから。頼りは神の言葉だけなのだ。「仰せを受けて私は喜びます、多くの戦利品を得たかのように。」今はまだ勝利したわけではないが、既にそうであるかのように喜ぶ。感謝を先取りしている。神の言...