2017年3月9日木曜日

詩編第59編「慈しみ深い神を見張って待ちます」


1節の表題を見ると、サウル王に殺されそうになったダビデが、王の手下に家を見張られていたときの祈りとある。敵に見張られているというのはつらい。世間という目はまるでオーウェルの言う「偉大なる兄弟」の目のようだ。しかし、この詩編の興味深いのは10節で、ここでは祈り手が神を見張っている。神は私の砦の塔だから。神が守ってくださるよう、見逃さないように注視する。信仰者の目は世間の目の中でも神に向く。そこに慰めがある。

2025年10月28日の聖句

破滅に先立つのは驕り、つまずきに先立つのは高慢な霊。(箴言16:18) イエスは言われた。「人から出てくるもの、これが人を汚す。」(マルコ7:20) 驕りや高慢は、本当に巧妙に、そして簡単に忍び込んできます。私はすぐにそういう悪い心の侵入を許し、負けてしまいます。どうして驕ってし...