2018年5月3日木曜日

詩編第119編1から8節「いかに幸いなことでしょう」

長大なこの詩編は主が下さった律法への愛を言葉に表す。「いかに幸いなことでしょう」と始まっている。詩編第1編と同じだ。主の律法は、本来は私たちに幸いをもたらす言葉。主の御言葉への愛を最初に確認したい。この詩編は、私が主の言葉に従うなら「あなたのどの戒めに対しても、恥じ入ることがないでしょう」と言う。世間や人と比べて恥じ入らないで済むというのではない。主がどうご覧になるかを自分の生きる基準にしているのだ。

2026年8月20日の聖句

わが住まいは彼らと共にあり、私は彼らの神となり、彼らは私の民となる。(エゼキエル37:27) 言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には、神の子となる権能を与えた。(ヨハネ1:12) 主は私たちの神となり、私たちをご自身の民としてくださいます。私たちは神の民、神...