2019年12月1日日曜日

2019年12月1日(ホセア書1〜2)

今日の通読箇所:ヨハネの黙示録1、ホセア書1~2

ホセア書1~2;
主はホセアに言われた。「行って、淫行の女をめとり、淫行の子らを引き取れ。この地は甚だしく淫行にまみれ、主に背いているからである。」(1:2)
預言者ホセアが活躍したのは、南王国ユダが次第に末期に差しかかろうという時代です。神様から御覧になって、神の民は淫行の女のようだ、と言うのです。驚き、たじろいでしまうほど強い言葉です。人によっては、強い不快感を抱くかも知れません。それでも、預言者の言葉に耳を傾けたいと思います。ホセアは、神様から御覧になった私の姿がいかなるものなのかに気づかせる預言者だからです。
ここで「淫行」と行っている事柄の具体的内容は、2:4以下に書かれています。「彼女がバアルのために香をたいた日々のゆえに、私は彼女を罰する」(15節)と言われています。淫行と言い表されているのは、偶像礼拝のことです。神ならぬものを神として拝んでいる人間の姿は、ちょうど私たちにとって淫行を重ねる配偶者と同じだ、と神様は言われます。倫理に反するとか義務にもとるとか、そういう言い方もできるかも知れません。しかし、それ以上に、相手を傷つける行為です。相手の心を損なう過ちです。それが、神様の前にある私たちの姿だと預言者ホセアは語りました。
ホセア自身、その苦しみを知っていました。彼の妻ゴメルは、まさに姦淫の女だった。ホセアは象徴行為と呼ばれる行動をとります。預言者の振るまいが、言葉の代わりに預言の役割を果たす。ホセアはゴメルとの間に生まれた子どもにロ・ルハマ(憐れまれぬ者)、ロ・アンミ(わが民ではない者)という名前をつけました。私たちが神に憐れまれぬ者であり、神の民ではもはやないことを私たちの前で可視化するために。
ゴメルの救いは、夫ホセアが受け入れてくれ、そして彼女自身がその愛と信頼に応えることです。神は、私たちをロ・アンミと呼ぶ代わりに「生ける神の子ら」と呼んでくださいます。私たちは互いにアンミ(わが民)、ルハマ(憐れまれる者)と呼び合います。その日、救いの日が必ず来る。誰よりも私たちのために傷ついたお方ご自身が、私たちに手を差し伸べてくださっています。

2019年12月7日(ホセア書13〜14)

今日の通読箇所:ヨハネの黙示録7、ホセア書13~14 ホセア書13~14; イスラエルよ、立ち帰れ。あなたの神、主のもとへ。あなたは自分の罪につまずいた。あなたがたは言葉を用意し、主に立ち帰って、言え。「どうぞ罪をすべて赦し、良いものを受け取ってください。私たちは唇の実を...