2019年12月2日月曜日

2019年12月2日(ホセア書3〜4)

今日の通読箇所:ヨハネの黙示録2、ホセア書3~4

ホセア書3~4;
主は再び、私に言われた。「行って、ほかの男に愛され、姦淫を繰り返す女を愛せよ」。(3:1)
再び、と書かれています。ゴメルは最初から姦淫の女でしたが、ホセアの妻になって生き方を改めたわけではありませんでした。この二人の間には子どももいます。二人います。ホセアは彼女を受け入れ、愛した。しかし、ゴメルは夫を裏切りました。そして、それが、私たちと神様との関係だと聖書は言います。
それでも、神様は、ホセアが再びゴメルのところへ行って彼女を愛するように、何度も繰り返してご自分を裏切る者たちのことを愛していてくださる。「これは、イスラエルの子らが他の神々のもとに赴き、干しぶどうの菓子を愛するのに、主がなおも彼らを愛しているからである」(1節後半)。何度も、何度も、裏切られてもそのたびに、神はわたしたちを愛し続けてくださいました。そのたびに、神はわたしたちに言われます。その言葉をホセアの夫としての姿に託して私たちに伝えています。「あなたは長く私のもとで過ごし、淫行をせず、ほかの男のものになってはならない。私もまた、あなたに同じようにしよう」(3節)。神様は一途な愛を向けていてくださいます。その心を、私たちの一体誰が知るのでしょうか。
偶像礼拝というのは、何も刻んだ像を拝むこととは限りません。「彼らは増えるにつれ、私に罪を犯すようになった」(4:7)と言われているとおり、自分たちの力や数、目に見える確かさを頼みとすることも偶像礼拝ではないでしょうか。神様は、ご自分の愛に私たちが立ち帰ることをいつでも待っていてくださいます。私たちが知っている夫の愛や妻の愛は、大したものではないかも知れません。ホセア書は夫婦の関係になぞらえて、私たちと神様との関係を語っています。私たちが知っている夫婦の愛の小ささを理由にして、神様の愛を小さく見積もってしまうということも逆にあるかも知れません。しかし、神様の愛の広さ、深さ、高さ、長さは、私たちの思いを超えています。果てしなく広く、深く、高く、長い愛をもって、神はわたしたちを愛し抜いてくださいます。私たちは偶像の元に帰るのでしょうか。それとも、愛の神のもとに帰るのでしょうか。神は、私たちを招いてくださっています。

2020年7月10日(使徒言行録27:1〜26)

使徒言行録27:1~26 パウロは皇帝がいるローマに向かって船で護送されることになりました。しかし、船出してすぐに向かい風のために思うように航海を進めることができなくなってしまいました。季節性の風なのでしょう。港に寄港しながら風が収まるのを待って、航海していこうとしていました。し...