2020年6月2日火曜日

2020年6月2日(使徒言行録2:1〜24)

使徒言行録2:1~24
今週の日曜日はペンテコステでした。今朝の聖書の御言葉の第1節、「五旬祭の日が来て」の「五旬祭」が、ギリシア語では「ペンテコステ」という音の言葉です。50日目の祭りです。何から数えて50日目なのか?私たちからすればもちろん主イエスの復活を祝うイースターから数えて50日目なわけですが、これはもともと旧約聖書に出典のある祭りの日で、過越祭から50日目の祭りです。旧約聖書が定める三つの大きな祭りの一つです。だからこそ、使徒言行録2:1でも、大勢の人がエルサレムにやって来ていました。
レビ記23:15以下にある「七週祭」が、新約に出て来る五旬祭のことです。他にも、畑の借り入れの祭りとも呼ばれています。その名の通り、新しい穀物を刈り入れ、それを神に感謝する祭り。この季節に収穫するのですから麦の収穫の祝いでしょう。それぞれ収穫したものでパンを作り、神さまに献げます。
そういう日に、キリスト教会は生まれました。この日に起こった出来事は印象的です。五旬祭の日に使徒たちが一つの場所に集まって祈っていました。「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から起こり、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、他国の言葉で話し出した。」炎のような舌が使徒たち一人一人の上にとどまった。すると彼らは、聖霊、つまり神の霊が語らせるままに外国の言葉を語り出します。何を語り合っていたのか?読み進めると分かるとおりに、主イエス・キリストの福音を語り合っていました。彼らの口から聞こえてくる言葉、そして先頭に立ってペトロが語る説教を、都に来ていたたくさんの人たちが耳にしたのです。
それは、まさに新しい実りの刈り入れのような出来事です。蒔かれた福音という種が結ぶ実りを刈り入れます。聞く人の心に届く言葉で福音を語り、そこで結ばれる実りを刈り入れる。それが教会の使命です。そのために、キリストが私たちに聖霊を与えてくださいました。
私たちも同じ聖霊にあずかっています。それは、信ずべき事柄、信仰の対象です。さがみ野教会も、座間の地で44年の歳月、福音を語り続けてきました。神さまの霊がなければ不可能です。「終わりの日に、私は、すべての肉なる者にわが霊を注ぐ」と聖書に書いてあります。「すべての肉なる者に」です。主イエス・キリストの死と復活という福音を、神さまは私たちに託していてくださる。そのことを信じて、教会の新しい日々の営みを織りなしていきましょう。

2024年4月23日の聖句

神の道は完全。(詩編18:31) (イエスの言葉)「神の国は次のようなものである。人が地に種を蒔き、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。地はおのずから実を結ばせるからだ。」(マルコ4:26~28) 福音書記者マルコは主イエ...