2020年6月30日火曜日

2020年6月30日(使徒言行録19:21〜40)

使徒言行録19:21~40
パウロの宣教旅行は、18:22で第二回が終わり、23節から第三回に入っています。第三回も第二回と同じようにギリシアを中心としたエーゲ海の周りを巡りました。この時にもエフェソでの伝道が進み、それがゆえに現地の反発も招きます。
「その頃、この道のことでただならぬ騒動が起こった。デメトリオと言う銀細工師が、アルテミスの神殿の模型を銀で造り、職人たちにかなり利益を得させていた。彼は、この職人たちや同じような仕事をしている者たちを集めて言った。『諸君、ご承知のように、この仕事のお陰で我々はもうけているのだが、諸君が見聞きしているとおり、あのパウロは『手で造ったものなど神ではない』と言って、エフェソばかりでなくアジア州の殆どの全地域で、多くの人を説き伏せ、改宗させている。これでは、我々の仕事の評判が悪くなってしまうおそれがあるだけでなく、偉大な女神アルテミスの神殿もないがしろにされ、アジア州全体、全世界が崇めるこの女神のご威光さえも失われてしまうだろう。』」
私はこの出来事を読んで、福音書に書かれている主イエスのお言葉を思い出しました。「私が来たのは、地上に火を投じるためである。その火がすでに燃えていたらと、どんなに願っていることか。しかし、私には受けねばならない洗礼がある。それが終わるまで、私はどんなに苦しむことだろう。あなたがたは、私が地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。今から後、一家五人は、三人が二人と、二人が三人と対立して別れることになる。」主イエス・キリストの福音がエフェソの地にもたらされることによって、対立が生まれました。それは、これまでこの地で生きていた者たちにとっては自分の生業の問題であり、生きるための手段が奪われる、という問題です。福音が届けられたところに分裂が起こるというのは、必然だと主イエスはおっしゃっているのだと思います。
パウロは、さらにそのような宣教の旅を続けていくことを望んでいました。「パウロは、マケドニア州とアカイア州を通りエルサレムに行こうと決心し、『私はそこに行った後、ローマも見なくてならない』と言った。」ローマにまでも、伝道旅行に出て行きたい。確かにその願いは実現します。しかし、パウロは囚人としてローマに行くことになります。そうやってパウロが捕らえられねばならなかったのは、分裂をもたらす言葉を語り続けたからです。福音が分裂をもたらすのは、それが私たち人間の営みの延長からは生まれてこないからです。神さまがもたらすのでなければ、福音は生まれえない。だから、私たちはそれを拒んでしまう。しかし、そういう拒否の中で伝道し続ける者たちによって、私たちのところにも福音が届けられたのです。

2020年7月10日(使徒言行録27:1〜26)

使徒言行録27:1~26 パウロは皇帝がいるローマに向かって船で護送されることになりました。しかし、船出してすぐに向かい風のために思うように航海を進めることができなくなってしまいました。季節性の風なのでしょう。港に寄港しながら風が収まるのを待って、航海していこうとしていました。し...