2023年11月10日金曜日

2023年11月10日の聖句

災いだ、自分の目には知者であり、うぬぼれて、賢いと思う者は。(イザヤ書5:21)
皆互いに謙遜を身に着けなさい。(1ペトロ5:5)

今日の旧約聖書の御言葉は、一見すると明らかで分かりやすい言葉です。確かに自分が知者だとうぬぼれている人は感じが悪いです。偉そうとか、今の言葉で言うと「上から目線」といった感じがします。むしろ謙遜な人の方が好ましいでしょう。しかしそれだけのことなら何も聖書に言われなくても良さそうな気もします。
今日の御言葉はイザヤ書第5章の中に出てきます。直前の4節にはこのような言葉があります。「災いあれ、悪を善と言い、善を悪と言う者に。彼らは、闇を光とし、光を闇とする。」この悪を善と言い、善を悪と言う者というのは、今日私たちに与えられているところの自分を知者と考えてうぬぼれている人と明らかに並行しています。悪を善と言い、善を悪と言う者は、自分の知恵を誇り、うぬぼれて、自分の賢さに溺れて悪と善をぐちゃぐちゃにしている、ということなのだと思います。
更に、この善や悪というのは、神様との関係の中で明らかになる善悪です。16節にはこうあります。「万軍の主は公正によって高くされ、聖なる神は正義によって、自らが聖なる者であることを示す。」神様の御目に適う正義がここで問題になっている。私たちが神様の御言葉を軽んじ、神様の愛にもとる生き方をするなら、それは自分の知恵を誇り、自分は正しいと信じ込んで生きるうぬぼれた生き方だ、と言われているのだと思います。
とても厳しい言葉です。怯んでしまいます。神様の知恵に完全にしたがい、正義と善を行ったのは、やはり主イエスさまお一人だったと言わなければならないのではないでしょうか。主イエスこそが私たちの間で神の正義を行い、神の善をつらぬき、神の御前にへりくだって謙遜のかぎりを尽くしたお方です。キリストのお姿によって明らかにされる謙遜を私たちが身に着ける道は、ただキリストを救いとへりくだって受け入れることにあると信じています。

2026年2月3日の聖句

貧しい者を嘲る者は自分の造り主をそしる。 人の災難を喜ぶ者は罰を免れない。(箴言17:5) 神は、世の貧しい人を選んで信仰に富ませ、ご自分を愛する者に約束された御国を、受け継ぐ者となさったではありませんか。(ヤコブ2:5) 献金は、天国への入場料ではありません。多額の献金をするこ...