2024年4月8日月曜日

2024年4月8日の聖句

幸いな者、主を畏れ、その戒めを大いに喜ぶ人。(詩編112:1)
キリストも、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。(1ペトロ2:21)

私たちは今、どこに向かって歩いているのだろう。このまま先に進んでも大丈夫なのだろうか。そうやって不安になること、恐ろしくなること、恐れること、私たちにはあります。今まさにそういう気持ちでいるかもしれません。しかし、大丈夫です。私たちにとって大切なことはただ一つだけです。キリストの足跡に続く。私たちには、それだけです。どこに行くのか、どこへ向かっているのかは大きな問題ではない。キリストに付いていけば、必ず道はつながっています。
私たちには先を見通すことはできません。これから何があるのか、この道が行き止まりではないのか、進むことができるのか、何一つ私たちには分からない。しかしキリストがこの道を進んでおられるなら、その道は必ず永遠の祝福に至ります。
「幸いな者、主を畏れ、その戒めを大いに喜ぶ人。」この道の先に待ち受けているのは、もしかしたら人並みの幸せとは違うかたちの何かかもしれません。未来から私たちに襲いかかってくるものは、人間としてどう受け止めたらよいのか分からなくなってしまうような出来事かもしれない。しかし、聖書の信仰者たちは、人並みの幸せを「幸い」というのではなく、主を畏れ、主の戒めを喜び、キリストの後に従うことを「幸い」と呼びます。キリストは、ご自分に従う者と必ず共にいてくださいます。

2026年8月18日の聖句

主なる神は私の耳を開かれた。 私は逆らわず、退かなかった。(イザヤ50:5) マリアは主の足元に座って、その話を聞いていた。(ルカ10:39) 今日の旧約の御言葉の直前、4節にこのように書かれています。 「主なる神は、弟子としての舌を私に与えた、疲れた者を言葉...