2017年6月16日金曜日

詩編第73編「心の清さは神を求める愚直さ」


神は心の清い人に対して恵み深い。しかし、2節ですぐに「それなのにわたしは、あやうく足を滑らせ」、と続く。それだけに身近な詩編だ。何を誤りそうになったのか?神に逆らう者の安泰がうらやましくなった。神に逆らっても安泰なら、心清く生きる意味がどこにあるのか?むなしいではないか(13節)。多くのキリスト者がこの葛藤を知っているのではないだろうか。しかし、神が私の手を取り、心愚直に神を求める者に御自分を示して下さる。

詩編第126編「思いもしない偉大な業」

この詩編はバビロン捕囚からの解放を背景としているのだろう。圧倒的な異国の力に押しつぶされ、解放など考えられもしなかった。しかし「主がシオンの捕らわれ人を連れ帰られると聞いて、私たちは夢を見ている人のようになった。」神の御業は我らの思いを遙かに超...