2017年9月17日日曜日

フィリピの信徒への手紙3:12〜21「我らの本国は天にあり」

8月の終わりに日本中会の仕事で東日本大震災の被災地に伺いました。今回は石巻市を中心に動きましたが、最終日に、さがみ野教会の元会員のHさんがおられる多賀城市へ行くことができました。ご自宅がきれいに改装され、最近のご様子を伺うことができました。リビングに、今日のこの召天者記念礼拝でもお名前を挙げて覚えるご主人のMさんの遺影が飾ってありました。私は何気なく、ああMさんのお顔だと眺めていましたが、Hさんからその写真の物語を聞いて自分がなんとうっかりしていたことかと恥じました。Hさんのお宅はあの日、私の背よりも高い津波が押し寄せ、家の中をめちゃくちゃにしていったのです。ほとんどのものが失われました。家族の思い出や写真も・・・。数日後、家の片付けに来た息子さんが泥の中からお父様の遺影を見つけ出したのだそうです。写真は大切です。お墓も、大切です。その存在は私たちに生きることを問いかけます。愛する人の生や死は遺された私たちの生き方を問います。この一年で、二件の葬儀がありました。2月にはNさんの葬儀がありました。ボーイスカウトの指導を長くされた方です。私も小学生の頃から入っていたので、その意味でも親しい思いを抱いていました。ご家族からお話を伺い、Nさんのスカウト活動には、亡くなった息子さんの存在が欠かせないのだと私は思いました。こういう文章を残しておられます。「人は誰かに奉仕するために生まれてきたものである。人から奪うためでなく、与えるために生まれたものである。どうしたら人に奉仕できるか、どうしたら、人に喜びを与えることができるかを、常に考えよう。人を喜ばせることのできる人こそ、ほんとうの喜びを知っている人ということができよう。」人間として経験する中でももっとも悲しい出来事を経験された方です。その方が、人に喜びを与えることを考えようとおっしゃったのは、重い言葉だと思います。Nさんの存在も、息子さんの存在も、私たちに何かを語りかけてはいないでしょうか。また、今月Iさんの葬儀も行われたばかりです。Iさんの91年間の人生をご家族に伺い、生まれてから亡くなるまで、ずっと神様に担われてきた方だったのだと感じ入りました。1943年に横浜英和女学校を卒業されています。ご家族にも英和女学校を出たとおっしゃっていました。しかし、実は1939年に学校の名前は成美と改められていたそうです。英和の「英」が敵国名だったから。しかし、戦後ずいぶん経ってから卒業生たちの強い要望もあって「英和」と名前を戻しました。Iさんも英和という名を愛していたにちがいない。Iさんはそこではっきりとした信仰教育を受けておられました。なかなか受洗には至りませんでしたが、ついに2004年にさがみ野教会で受洗。神に自分をお委ねしたいとおっしゃっています。今日の御言葉の18節には、パウロの情熱と愛がほとばしる言葉が記されています。「何度も言ってきたし、今また涙ながらに言いますが、キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いのです。」キリストの十字架に敵対するというのは、自分で自分を救おうとする生き方のことです。そうしたら、傲慢になるか卑屈になるかしかない。いずれにしてもキリストの十字架などいらないということになる。しかし、十字架のキリストが私たちを救ってくださいます。だから、私たちは神のもの、天国人です。天の国の国民として、今、この日本での生き方を定めていくのです。   

詩編第119編161から168節「感謝の先取り」

「主よ、わたしは御救いを仰いで待ち、あなたの戒めを実行します。」待っている。今はまだ苦しんでいるから。頼りは神の言葉だけなのだ。「仰せを受けて私は喜びます、多くの戦利品を得たかのように。」今はまだ勝利したわけではないが、既にそうであるかのように喜ぶ。感謝を先取りしている。神の言...