2017年9月7日木曜日

詩篇第85編「主の平和の宣言を信じよう」


この詩編を読むと少し困惑する。58節が他と少し調子が違うからだ。この作者は今どのような状況にあるのか。「あなたはとこしえにわたしたちを怒り、その怒りを代々に及ぼされるのですか。(6)」しかし、他の部分では救いを確信し、あるいはそれをすでに目撃している言葉になっている。なぜか。恐らく、この祈りをしている今はまだ苦しみ、神の怒りを見ている。しかし、その苦しみの中で既に救いを確信しているのだ。それが信仰なのだ。

詩編第126編「思いもしない偉大な業」

この詩編はバビロン捕囚からの解放を背景としているのだろう。圧倒的な異国の力に押しつぶされ、解放など考えられもしなかった。しかし「主がシオンの捕らわれ人を連れ帰られると聞いて、私たちは夢を見ている人のようになった。」神の御業は我らの思いを遙かに超...