2020年7月27日月曜日

2020年7月27日(エフェソの信徒への手紙2)

エフェソの信徒への手紙2
「キリストは、私たちの平和であり、二つのものを一つにし、ご自分の肉によって敵意という隔ての壁を取り壊し、数々の規則かな成る戒めの律法を無効とされました。こうしてキリストは、ご自分において二つのものを一人の新しい人に造りかえて、平和をもたらしてくださいました。十字架を通して二つのものを一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼしてくださったのです。」
主イエス・キリストが私たちにもたらしてくださった福音は、和解の福音です。和解というのは、敵対していた者たちが一つになることです。それまでは一つになることのできなかった者たち、憎しみや無関心に隔てられた者たちが一つとなることです。
先日、北九州で伝道をし、ホームレス支援に取り組んでおられる奥田知志牧師がNHKの心の時代という番組に出演していました。コロナを受けての今の思いを語っておられました。その中で、これまでキリスト教会が説いてきた救いは大きく二つに分けられるという話をしていました。一つは、病気のなどの困難が癒やされるというタイプの救い。もう一つは、罪の贖いという救い。奥田牧師は、それらはどちらも問題解決型の救いだと指摘していました。何か困ったことがあるから、それを解決してあげるというところに救いを見る。この方はそれらも大事だと思うが、聖書が最初に提示する救いはインマヌエル、「神我らと共にあり」だと考えていると言っておられました。共にいる。見捨てない。救いって本当はそういうものなのではないか、と。
インマヌエル、それを聖書の別の表現でいえば、「和解」ということであるのだと思います。敵対していた者たちが和解し、共に生きる。そのために、神様は私たちと共にいることの傷を引き受けてくださいました。十字架によって私たちの敵意を滅ぼしてくださいました。そして、人と人とが共に生きることができるように、私たちの間の敵意をも滅ぼしてくださいました。
今はむき出しの敵意の時代です。怒りや憎しみに溢れています。キリストは、私たちと共にいることを選んでくださいました。キリストは私たちに手を伸ばし、私たちと和解するために、御自ら十字架に向かってくださいました。和解の福音。平和の福音。神は、私たちに手を伸ばしてくださっています。

2020年8月3日(コリントの信徒への手紙一3)

コリントの信徒への手紙一3 「ある人が『私はパウロに付く』と言い、他の人が『私はアポロに』と言っているようでは、あなたがたはただの人ではありませんか。アポロとは何者ですか。パウロとは何者ですか。二人は、あなたがたを信仰に導くために、それぞれ主がお与えになった分に応じて仕える者です...