2020年7月29日水曜日

2020年7月29日(エフェソの信徒への手紙4)

エフェソの信徒への手紙4
「ですから、主の囚人である私は、あなたがたに勧めます。招かれたあなたがたは、その招きにふさわしく歩み、謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに耐え忍び、平和の絆で結ばれて霊による一致を保つよう熱心に努めなさい。体は一つ、霊は一つです。」
私はこのエフェソの信徒への手紙を読むと、聖書の真理の偉大さに敬服する思いになります。この手紙が書かれたのは今から2000年も前のことですが、今の人類のずっと先を歩いていると思います。いや、今の人類なんて大きなことを言う必要はないのかもしれません。わたし自身の事として、私などが到底及びもつかないような偉大な真理に満ちていると思います。謙遜と柔和、寛容。そして愛による忍耐と平和の絆。それは、この時代の子として今を生きる私に一番必要なのだと思わされます。
今、本当に怒りがあふれかえっていると思います。それぞれの正義感からくる怒りがたくさんあって、それを誰でも気軽に発信できるようになりました。誰でも発言できるというのはいいことです。しかし、いつの間に価値観の衝突に収拾がつかなくなり、「良いこと」を言っている人同士が罵り合っています。ネット空間では顕著です。しかし恐らく人間というのはあまり変わらないものですから、以前は自分のお茶の間で、せいぜい家族にしか聞こえなかった声が世界中に拡散されているのだと思います。自分の声を出す手段はまちまちであっても、自分の正義感の虜になるという点で、私はまったくもって時代の子であると思います。自分の正義感を満足させること、すっきりすること、それはファリサイ派の人々が求めていたことなのかも知れません。私は自分に染みついたファリサイ根性が恐ろしい。
ところが、このエフェソの信徒への手紙を読むと、ちゃんとそれに対する答えが書かれています。平和の絆と霊による一致。それは、低いところに下ってキリストの愛が満ち満ちたところで始まります。どこまでも、悔い改めをもって神の憐れみを求めるより他ありません。隣人と共に生きることができるとすれば、それは、キリストの憐れみの奇跡です。「愛をもって真理を語り、頭であるキリストへとあらゆる点で成長していくのです。キリストによって、体全体は、支えとなるすべての節々でつなぎ合わされ、一つに結び合わされて、それぞれの部分は分に応じて働いて、体を成長させ、愛の内に造り上げられてゆくのです。」このキリストの愛の奇跡を私たちの内に起こしてくださるのは、ただ神様だけです。

2020年8月3日(コリントの信徒への手紙一3)

コリントの信徒への手紙一3 「ある人が『私はパウロに付く』と言い、他の人が『私はアポロに』と言っているようでは、あなたがたはただの人ではありませんか。アポロとは何者ですか。パウロとは何者ですか。二人は、あなたがたを信仰に導くために、それぞれ主がお与えになった分に応じて仕える者です...