2020年7月31日金曜日

2020年7月31日(エフェソの信徒への手紙6)

エフェソの信徒への手紙6
「最後に、主にあって、その大いなる力によって強くありなさい。悪魔の策略に対して立ち向かうことができるように、神の武具を身につけなさい。私たちの戦いは、人間に対するものではなく、支配、権威、闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊に対するものだからです。それゆえ、悪しき日にあってよく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を取りなさい。」
私たちの信仰生活は、戦いです。戦いと言っても、教会に敵対する誰かを相手にする戦いではありません。あるいは、この世界は神様を知らないから駄目なのだと言って世間を見下すということでもありません。私たちの戦いは、人間に対するものではない。天にいる悪の諸霊に対するものです。
天にいる悪の諸霊。悪魔とかサタンと言ってもいいでしょう。一体、何者なのでしょうか。当然、尻尾とコウモリのような羽のあるマンガ的な悪魔の話ではありません。私は悪魔ということを考えるときに、「時代の精神」という言葉を思い出します。その時代に支配的な精神性を通して、人間の力を超えた悪の力が働くことはしばしばあります。その時代の誰もが何の疑問も抱かずに戦争を礼賛するとか、学生たちの暴力が世界中で吹き溢れるとか、性的な不品行が人間らしい生き方であるかのようにロマンチックなものに祭り上げられるとか、いくらでも起きていると思います。
今の時代の精神は一体何でしょうか。言いようのない社会に充満する怒り、吹き荒れる裁きの心、生産性で人の価値を計ること、社会の側の責任を自己責任という言葉で弱者に押しつけること、豊かさや便利さのために誰かを犠牲にすること、そういうことのどれもが時代精神の産物であると私は思います。それは一人ひとりの心がけではもうどうしようもないことです。心がけではとても追いつかない。人間の力を超えた悪の力の支配としか言いようがないと思います。
これと対抗するために、この手紙は神の武具を身につけるようにと言います。「立って、真理の帯を締め、正義の胸当てを着け、平和の福音を告げる備えを履物としなさい。これらすべてと共に、信仰の盾を手に取りなさい。それによって、悪しき者の放つ燃える矢をすべて消すことができます。また、救いの兜をかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。」悪の力には神の武具によらなければ対抗できません。私たちの戦いが、人間を相手にするものではなく、天の諸霊との戦いだからです。信仰の闘いだからです。私たちや真理や正義、平和の福音を告げる準備、信仰、救い、神の言葉によって悪霊に対抗します。そして何よりも、この戦いはキリストがすでに闘った戦いです。そして、キリストがすでに勝利を治めた戦いです。キリストの恵みによって強くなり、私たちは今日もキリスト者として生きていきます。

2020年8月3日(コリントの信徒への手紙一3)

コリントの信徒への手紙一3 「ある人が『私はパウロに付く』と言い、他の人が『私はアポロに』と言っているようでは、あなたがたはただの人ではありませんか。アポロとは何者ですか。パウロとは何者ですか。二人は、あなたがたを信仰に導くために、それぞれ主がお与えになった分に応じて仕える者です...