2020年11月20日金曜日

2020年11月20日(ヨハネによる福音書20:19〜31)

ヨハネによる福音書20:19~31
八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、私の手を見なさい。あなたの手を伸ばして、私の脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「私の主、私の神よ」と言った。

イエスが復活した日の朝、イエスはマグダラのマリアと出会われました。そして、その日の夕方にペトロやヨハネたちと出会われました。「あなたがたに平和があるように」と言って、彼らが戸に鍵をかけて閉じこもっていた家の中に入ってこられたのです。
イエスが復活した日は安息日の翌日。安息日は土曜日なので、復活は日曜日の出来事でした。十戒は「安息日を覚え、これを聖とせよ」と命じています。この日は労働はしない。聖書の信仰に生きる者にとって、それがユダヤ人だろうとキリスト者だろうと、安息日はとても大切な戒めです。ただし、キリスト者は日曜日に安息日を覚えます。イエスが復活した日だからです。そして、弟子たちがイエスと出会った日だからです。しかも、イエスはご自分の弟子と個人的に、秘密裏に会ったのではありません。弟子たちが一緒にいる場所に、イエスはやって来ました。
ところが、トマスはその日、そこにはいませんでした。だから当然のこととして、イエスが復活したなどとほかの仲間たちが言っているのはどうかしているのであって、自分はそんなことは決して信じない、と断言します。そこまで言うなら、この指をイエスの釘打たれた手の傷に入れ、この手を槍で刺されたイエスの脇腹に入れなければ決して信じない、と言いました。
イエスがトマスと出会われたのは、それから一週間後のことでした。翌週の日曜日だった。それだけ日曜日が大事だとも言えますが、それだけではないと思います。イエスさまはトマスに、一週間の時間の猶予をプレゼントしたのだと思います。その間、トマスは悩み、迷い、そして孤独だったに違いない。さっさとトマスのところに来てくれればよかったようにも見えますが、トマスにとっては一週間しっかり迷うことが大事だったのではないでしょうか。一人孤独に悩み、そして主の日に仲間と共に祈る。そんなトマスが主イエスと再会したときに「私の主、私の神よ」というすばらしい告白を口に上らせたのです。私たちの迷いの日、悩みの時は、神様の御前に独り出て、かけがえのない主との対話を得る尊い時間。そして、主の日に仲間と共に私たちはキリストと出会うのです。

2020年12月1日(ヨハネの黙示録1)

ヨハネの黙示録1 見よ、この方が雲に乗って来られる。 すべての人の目が彼を仰ぎ見る。 ことに、彼を突き刺した者たちは。 地上の部族は皆、彼のために嘆き悲しむ。 然り、アーメン。 聖書の最後に収められている、ヨハネの黙示録を読み始めます。1:1には「イエス・キリストの黙示」とありま...