今日の通読箇所:ルカによる福音書12:35~59、士師記11~12、詩編140
士師記11~12;
エフタという人は力ある勇士でしたが、父が遊女に産ませた子であったため、兄弟たちから疎まれました。「あなたが私たちの父の家を受け継ぐことはない。なたは他の女が産んだ子だからだ(11:2)」。こうしてエフタは追い出され、ならず者と行動を共にしました。ところがアンモン人に苦しめられたイスラエルの人々、特にエフタの故郷ギルアドの長老たちは、勇士エフタを連れ戻し、自分たちを助けてくれるように頼んだのです。しかし当然エフタは素直にうんと言うはずもなく、彼らを追い返しますが、長老たちの必死の説得の末に、自分を頭とすることを確約させて、イスラエルを救うために動き出したのです。
エフタは、やはり勇士でした。強い軍人でした。しかし、調子に乗ってしまう所もありました。軽率な誓いを立ててしまいます。「エフタは主に誓願を立てていった。『もし、あなたがアンモン人を私の手に渡されるなら、アンモン人のもとから無事に帰ったときに、私の家の戸口から迎えに出てくる者を主のものとし、その者を焼き尽くすいけにえとして献げます』(11:30~31)」。果たして、彼が勝利して家に帰ったとき、彼の一人娘が最初に飛び出し、その勝利を祝ったのです。エフタは悲しみますが、誓ったことであるので娘を焼き尽くすささげ物として主に献げました。
恐ろしい話です。エフタは迂闊な誓いの重さに、全く気づいていませんでした。これも一つの油断ということであるのかもしれません。
この話を読む上で一つ押さえておきたいことは、神様がエフタに自分の娘を焼き尽くすささげ物にしろと命じてはいない、ということです。それどころか、律法を読むと、人身御供の類いは厳しく禁じられています。「あなたの神、主に対して同じようにしてはならない。彼らは、主が憎まれるあらゆる忌むべきことを自分たちの神々に行い、その息子や娘をも彼らの神々のために火で焼いたのである(申命記12:31)」。そのような振る舞いを決してまねするな、と言っています。
エフタは神様が望んでもいないことを勝手に誓い、その誓いを果たす義務を自ら引き寄せ、自分の言葉の責任を負わねばならなくなりました。愚かなことです。しかし、その愚かなことは、私たちにも身に覚えのある愚かさであるように思います。自分の言葉を自ら軽くするような過ちから守られるように、祈りつつ一日を始めたいと思います。「我らを試みにあわせず、悪より救い出したまえ」。
2026年1月30日の聖句
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