今日の通読箇所:ルカによる福音書12:1~34、士師記10、詩編139
士師記10;
神様の前に、イスラエルの罪はさらに募ります。「イスラエルの人々は再び主の目に悪とされることを行い、バアルやアシュトレト、アラムの神々、シドンの神々、モアブの神々、アンモン人の神々、ペリシテ人の神々に仕えた。彼らは主を捨て、これに仕えなかった。主は怒りに燃え、イスラエルをペリシテ人とアンモン人の手に売り渡された(10:6~7)」。イスラエルの人々は、18年間、ペリシテ人とアモリ人に苦しめられることになります。彼らは再び主に叫び、「私たちはあなたに罪を犯しました。私たちの神を捨てて多くのバアルに仕えました」と言います。ところが、主はおっしゃった。「エジプト人、アモリ人、アラモン人、ペリシテ人、シドン人、アマレク、マオンがあなたがたを抑圧し、あなたがたが私を叫び求めたとき、私は彼らの手からあなたがたを救ったではないか。だが、あなたがたは私を捨てて他の神々に仕えた。それゆえ、私はもうあなた方を救わない。あなたがたが選んだ神々のもとに行き、叫び求めなさい。あなたがたの苦しみのときには、その神々があなたがたを救うだろう(10:11~14)」。しかしなお悔い改めの祈りをし、救ってくださいと呼び叫ぶイスラエルの人々の祈りを聞き、異教の神々を捨てて立ち返る様子を見て、「主はイスラエルの苦しみを見るに忍びなくなった(16節)」のです。
神様と私たちとの歴史は、この繰り返しなのではないでしょうか。何度も神様に救って頂いたのに、なお背き、他のものを神として拝み、そういう自分の振るまいが災いを招き、また神様に祈り、神が憐れんでくださり、しかしまた・・・。私たちに、神様の憐れみ以外の一体どこに帰ることのできる場所があるのでしょうか。その場しのぎではなく、取り繕うのではなく、真実に、心を注ぎ出すようにして、私たちの罪を悔い改めましょう。主の御前に立ち返りましょう。そのための道を、主イエスが備えてくださいました。
2026年1月30日の聖句
主は民に答えられた。 「私は穀物と新しいぶどう酒 また新しいオリーブ油を送り あなたがたを満ち足らせる。」(ヨエル書2:19) イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、感謝し、パンを裂き、それを弟子たちに分配するようにと渡され、二匹の魚も皆にお分けになった。人々は皆、食べて満腹した。...
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1. ヨハネによる福音書は最後の晩餐の場面をとても長く書いている。全部で21章の福音書の内の5章、4分の一に近い。しかも、いわゆる受難週の記事の殆どがこの晩餐の場面だ。その最後の晩餐を覚える祈祷会をこの木曜日に献げている。キリストがしてくださったように私たちもするのだ。主が...
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