この幻は、なお、定めの時のため
終わりの時について告げるもので
人を欺くことはない。
たとえ、遅くなっても待ち望め。(ハバクク2:3)
見なさい、農夫は、秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、大地の尊い実りを待ち望みます。(ヤコブ5:7)
私たちの心を騒がせる出来事がたくさんある世の中です。政治の腐敗、終わることのない戦争の噂、度重なる自然災害、将来起こるであろう大地震、ネットの普及が人心の悪いところに養分をまき散らしているようにも見えます。いくらでもそのような事例は挙げられるでしょう。「もう私たちの社会は終わりなんじゃないか」と思ってしまいます。
しかし、聖書はそういう批評家のような言葉に終始しているわけではありません。もっと長い視野を持って事柄を見ていると思います。つまり、「終わりの時」を見据えている。終わりの時は、神さまの領域です。私たちの世界が悪くなっていくからとか、逆に少しずつよくなっていくから、終わりの時が来るのではない。神さまが支配し、神さまが完成させるときがやがて必ず来る。それが聖書の見方です。神の国は定められたときにこの世界で完成する。私たちはそれを待ち望みます。
それは、農夫が春や秋になれば雨が降るのを知っているのと同じことだ、と主イエスは言います。もうすぐ雨の時期が来る。農夫はそのことをわきまえて畑の世話をする。必ず降る雨を待ち望んで。私たちも、必ず神が御業を完成させてくださることを信じて、今日、神に仕え隣人を愛します。
終わりの時について告げるもので
人を欺くことはない。
たとえ、遅くなっても待ち望め。(ハバクク2:3)
見なさい、農夫は、秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、大地の尊い実りを待ち望みます。(ヤコブ5:7)
私たちの心を騒がせる出来事がたくさんある世の中です。政治の腐敗、終わることのない戦争の噂、度重なる自然災害、将来起こるであろう大地震、ネットの普及が人心の悪いところに養分をまき散らしているようにも見えます。いくらでもそのような事例は挙げられるでしょう。「もう私たちの社会は終わりなんじゃないか」と思ってしまいます。
しかし、聖書はそういう批評家のような言葉に終始しているわけではありません。もっと長い視野を持って事柄を見ていると思います。つまり、「終わりの時」を見据えている。終わりの時は、神さまの領域です。私たちの世界が悪くなっていくからとか、逆に少しずつよくなっていくから、終わりの時が来るのではない。神さまが支配し、神さまが完成させるときがやがて必ず来る。それが聖書の見方です。神の国は定められたときにこの世界で完成する。私たちはそれを待ち望みます。
それは、農夫が春や秋になれば雨が降るのを知っているのと同じことだ、と主イエスは言います。もうすぐ雨の時期が来る。農夫はそのことをわきまえて畑の世話をする。必ず降る雨を待ち望んで。私たちも、必ず神が御業を完成させてくださることを信じて、今日、神に仕え隣人を愛します。