私は過ぎ去った日々を思い起こし
あなたの行ったことを一つひとつ思い返し
御手の業を思い巡らします。(詩編143:5)
(マリアの言葉)その慈しみは世々限りなく
主を畏れる者に及びます。(ルカ1:50)
今日の旧約の御言葉では、表現を変えながら繰り返し「思い起こす」ということを言っています。過ぎ去った日々を思い起こす。その「過ぎ去った日々」に一体何があるのか。この詩編作者は、そこにある神の御業を思い返しています。「あなたの行ったことを一つ一つ思い返し、御手の業を思い巡らします。」神さまがしてくださったこと、その恵みの御業、神さまの憐れみを思い巡らしています。
この一人の信仰者は、これまで神さまの御業をこれまで体験してきました。たくさん味わってきました。過去を振り返ると、そこには神の恵みが見えてくる。神さまに愛され、生かされてきた私だという事実に今気付いている。そういう「恵みの過去」がここで言われていることではないでしょうか。
今日の新約はマリアの賛歌です。マリアは歌います。「その慈しみは世々限りなく、主を畏れる者に及びます。」マリアの目は将来に向かっています。主の慈しみは世々限りない。とこしえに、永遠に変わることのない慈しみは主を畏れる者に必ず及ぶ。
私たちの過ぎ去った日々をたくさんの恵みで生かしてくださった神さまは、今も、そして世々限りなく慈しみを示してくださる。私を憐れみ続けてくださる。神の愛は昨日も、今日も、永遠に変わることがない。その絶対的で圧倒的な神の祝福の事実が私たちを永遠に覆っているのです。
あなたの行ったことを一つひとつ思い返し
御手の業を思い巡らします。(詩編143:5)
(マリアの言葉)その慈しみは世々限りなく
主を畏れる者に及びます。(ルカ1:50)
今日の旧約の御言葉では、表現を変えながら繰り返し「思い起こす」ということを言っています。過ぎ去った日々を思い起こす。その「過ぎ去った日々」に一体何があるのか。この詩編作者は、そこにある神の御業を思い返しています。「あなたの行ったことを一つ一つ思い返し、御手の業を思い巡らします。」神さまがしてくださったこと、その恵みの御業、神さまの憐れみを思い巡らしています。
この一人の信仰者は、これまで神さまの御業をこれまで体験してきました。たくさん味わってきました。過去を振り返ると、そこには神の恵みが見えてくる。神さまに愛され、生かされてきた私だという事実に今気付いている。そういう「恵みの過去」がここで言われていることではないでしょうか。
今日の新約はマリアの賛歌です。マリアは歌います。「その慈しみは世々限りなく、主を畏れる者に及びます。」マリアの目は将来に向かっています。主の慈しみは世々限りない。とこしえに、永遠に変わることのない慈しみは主を畏れる者に必ず及ぶ。
私たちの過ぎ去った日々をたくさんの恵みで生かしてくださった神さまは、今も、そして世々限りなく慈しみを示してくださる。私を憐れみ続けてくださる。神の愛は昨日も、今日も、永遠に変わることがない。その絶対的で圧倒的な神の祝福の事実が私たちを永遠に覆っているのです。