この民は口で近づき
唇で私を敬うが
その心は私から遠く離れている。(イザヤ29:13)
(イエスの言葉)口に入るものは人を汚さず、口から出てくるものが人を汚すのである。(マタイ15:11)
口にすべきではないことを口にしてしまったとき、「思ってもみなかったことなのに」と自分や相手に対して言い訳をしてしまいます。しかし、恐らく、口から出てきた言葉こそが私が思っていたことなのでしょう。口から次々と、疲れを知らずに飛び出してくる悪意のある言葉。それが私の本性。恐ろしいことです。
「口に入るものは人を汚さず、口から出てくるものが人を汚すのである。」
主イエスの前にいた人たちは、例えば豚とかウナギのような、旧約聖書が「汚れ」と定めた物は決して食べませんでした。自分の身を汚してはならないから。ところが主イエスは言われるのです。口から入ってくるものが人を汚すのではない。口から入ってくるものなんて、ただ入って来てそのまま体の外に出てしまうものに過ぎない。そうではなく、本当に人を汚すのは心から出てきて口から飛び出してくるもの、つまり汚れた言葉こそが人を汚すのだ、と言われるのです。厳しい言葉です。
私の心の中には何が詰まっているのか?何が隠れているのか?考えるだけで恐ろしいことです。しかし、人に見せられないものがぎっしり詰まっているのは、本当のことです。主の憐れみを求めます。そうでなければ、私は救われようがない。キリストの憐れみと、キリストの愛の中で、私たちはこの心の奥底までも清めていただくことにのみ救いの望みがあるのです。
唇で私を敬うが
その心は私から遠く離れている。(イザヤ29:13)
(イエスの言葉)口に入るものは人を汚さず、口から出てくるものが人を汚すのである。(マタイ15:11)
口にすべきではないことを口にしてしまったとき、「思ってもみなかったことなのに」と自分や相手に対して言い訳をしてしまいます。しかし、恐らく、口から出てきた言葉こそが私が思っていたことなのでしょう。口から次々と、疲れを知らずに飛び出してくる悪意のある言葉。それが私の本性。恐ろしいことです。
「口に入るものは人を汚さず、口から出てくるものが人を汚すのである。」
主イエスの前にいた人たちは、例えば豚とかウナギのような、旧約聖書が「汚れ」と定めた物は決して食べませんでした。自分の身を汚してはならないから。ところが主イエスは言われるのです。口から入ってくるものが人を汚すのではない。口から入ってくるものなんて、ただ入って来てそのまま体の外に出てしまうものに過ぎない。そうではなく、本当に人を汚すのは心から出てきて口から飛び出してくるもの、つまり汚れた言葉こそが人を汚すのだ、と言われるのです。厳しい言葉です。
私の心の中には何が詰まっているのか?何が隠れているのか?考えるだけで恐ろしいことです。しかし、人に見せられないものがぎっしり詰まっているのは、本当のことです。主の憐れみを求めます。そうでなければ、私は救われようがない。キリストの憐れみと、キリストの愛の中で、私たちはこの心の奥底までも清めていただくことにのみ救いの望みがあるのです。