あなたがたの周りに残された諸国民は、主である私が破壊された所を建て直し、荒廃させられた所に植物を植え直したことを知るようになる。(エゼキエル36:36)
(幻視者ヨハネの言葉)この後、私は数えきれぬほどの大群衆を見た。彼らはあらゆる国民、部族、民族、言葉の違う民から成り、白い衣を身にまとい、なつめやしの枝を手に持って、玉座と小羊の前に立っていた。彼らは声高らかに言った。「救いは、玉座におられる私たちの神と、小羊とにある。」(黙示録7:9~10)
ヨハネが幻の内に仰ぎ見たのは、天上での礼拝の様子です。国籍も民族も言語も関わりなく、数えきれないほどのたくさんの人々が神の玉座の前で礼拝を献げている。壮大な幻です。この幻を見たヨハネは、今、パトモス島に流刑されていました。迫害され、囚人として孤島に流されていた。絶望的な状況です。しかし、神は彼に幻を与えてくださった。礼拝の幻です。それは実は、例え彼が絶海の孤島にいたとして常につながり続けている主の日の礼拝の幻です。私たちも、今神を礼拝するときに同じ天上の礼拝と共に神を賛美しているのです。「救いは、玉座におられる私たちの神と、小羊とにある!」
そう、私たちの救いは神とキリストにだけあります。そうであるから、パトモスにいようと日本にいようと、私たちは救われるのです。神は私たちを救ってくださる。
「あなたがたの周りに残された諸国民は、主である私が破壊された所を建て直し、荒廃させられた所に植物を植え直したことを知るようになる。」
(幻視者ヨハネの言葉)この後、私は数えきれぬほどの大群衆を見た。彼らはあらゆる国民、部族、民族、言葉の違う民から成り、白い衣を身にまとい、なつめやしの枝を手に持って、玉座と小羊の前に立っていた。彼らは声高らかに言った。「救いは、玉座におられる私たちの神と、小羊とにある。」(黙示録7:9~10)
ヨハネが幻の内に仰ぎ見たのは、天上での礼拝の様子です。国籍も民族も言語も関わりなく、数えきれないほどのたくさんの人々が神の玉座の前で礼拝を献げている。壮大な幻です。この幻を見たヨハネは、今、パトモス島に流刑されていました。迫害され、囚人として孤島に流されていた。絶望的な状況です。しかし、神は彼に幻を与えてくださった。礼拝の幻です。それは実は、例え彼が絶海の孤島にいたとして常につながり続けている主の日の礼拝の幻です。私たちも、今神を礼拝するときに同じ天上の礼拝と共に神を賛美しているのです。「救いは、玉座におられる私たちの神と、小羊とにある!」
そう、私たちの救いは神とキリストにだけあります。そうであるから、パトモスにいようと日本にいようと、私たちは救われるのです。神は私たちを救ってくださる。
「あなたがたの周りに残された諸国民は、主である私が破壊された所を建て直し、荒廃させられた所に植物を植え直したことを知るようになる。」
この預言者エゼキエルの言葉も、荒廃と絶望の中で語られました。私たちの周囲の状況がどうであろうとも、神が御言葉を語るときそこに新しい出来事が始まります。神は新しくすばらしいことを始めてくださっている。救いの出来事を。あなたも、あなたの周りの人々も、あなたを憎んでいる人もあなたが憎んでいる人をも、神は救ってくださる。あなたが人生の中で一度も出会うことのない人、あなたが知らずに一生を終える人のことをも、神は救ってくださる。神の御業は想像を超えてはるかに大きいのです。