地の果てに至るまで、すべての人が主に立ち帰るように。(詩編22:28)
東から西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと一緒に宴会の席に着く。(マタイ8:11)
「東から西から」と言ったとき、私たちがいるのは、マタイがこの福音書を書いていたときには思ってもみなかった東の果ての果てでしょう。そこにも主の民が起こされています。西の果てのそのまた果てでも同じです。神さまは私たちの小さな頭で考えられる限界をはるかに超えた御業を行ってくださって、私たちは世界中から神の民として呼び集められました。人間にはできないことです。
そんな大勢の人、私たちのような地の果てにいる者も、天の国の宴会に招いてくださいました。アブラハム、イサク、ヤコブと一緒にその席に着く、と主イエスはおっしゃいます。いつか私たちがアブラハムと同じ食卓に着くことになるというのは、神さまにしかおできにならない御業ですし、想像すると愉快なことです。考えられないような神さまの御業の広がりの中に、私たちの今日の一日もおかれています。
私たちは今日私たちが生きるべく遣わされているところで、主を賛美し、主を崇めて生きていきましょう。神様の御前に、主の招きに応えましょう。そして、私たちばかりでなくすべての人に主の招きを届けるために、証しを立てる者となれますように。
東から西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと一緒に宴会の席に着く。(マタイ8:11)
「東から西から」と言ったとき、私たちがいるのは、マタイがこの福音書を書いていたときには思ってもみなかった東の果ての果てでしょう。そこにも主の民が起こされています。西の果てのそのまた果てでも同じです。神さまは私たちの小さな頭で考えられる限界をはるかに超えた御業を行ってくださって、私たちは世界中から神の民として呼び集められました。人間にはできないことです。
そんな大勢の人、私たちのような地の果てにいる者も、天の国の宴会に招いてくださいました。アブラハム、イサク、ヤコブと一緒にその席に着く、と主イエスはおっしゃいます。いつか私たちがアブラハムと同じ食卓に着くことになるというのは、神さまにしかおできにならない御業ですし、想像すると愉快なことです。考えられないような神さまの御業の広がりの中に、私たちの今日の一日もおかれています。
私たちは今日私たちが生きるべく遣わされているところで、主を賛美し、主を崇めて生きていきましょう。神様の御前に、主の招きに応えましょう。そして、私たちばかりでなくすべての人に主の招きを届けるために、証しを立てる者となれますように。