あなた自身くれぐれも気をつけ、注意を払い、目で見たことを忘れないようにしなさい。(申命記4:9)
マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「私は主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。(ヨハネ20:18)
今日の御言葉を聞いて、自分は一体何を見ているのだろうかと思いました。何を見ているのか。そして、見たものの意義を心に留めているのか。ただ漫然と目に入っているだけではないだろうか?
マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「私は主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。
主イエスの弟子の一人であったマグダラのマリアの言葉です。彼女は墓で主イエスと出会いました。十字架にかけられたイエスは死者の中から甦られた。その事実に遭遇しました。マリア自身も、他の弟子たちも、この朝から歴史が変わりました。
しかしその墓に居合わせたのはマリアだけではありません。番兵もそこにいました。ところがその番兵の知らせを受けたところで、ヘロデもピラトも他の人にしても、誰も変わりませんでした。自分の人生を揺るがすような出会いにならなかった。見るには見ても、注意を払ってよく見たわけではない。自分やこの世界の歴史を変える大事件を見過ごしにしたのです。
私たちはどういう目をもって生きているでしょうか?いかなる眼差しでこの出来事に直面しているでしょうか?信仰の目を開いてくださるのは、神さまです。聖霊の照らしを求めて祈ります。
マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「私は主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。(ヨハネ20:18)
今日の御言葉を聞いて、自分は一体何を見ているのだろうかと思いました。何を見ているのか。そして、見たものの意義を心に留めているのか。ただ漫然と目に入っているだけではないだろうか?
マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「私は主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。
主イエスの弟子の一人であったマグダラのマリアの言葉です。彼女は墓で主イエスと出会いました。十字架にかけられたイエスは死者の中から甦られた。その事実に遭遇しました。マリア自身も、他の弟子たちも、この朝から歴史が変わりました。
しかしその墓に居合わせたのはマリアだけではありません。番兵もそこにいました。ところがその番兵の知らせを受けたところで、ヘロデもピラトも他の人にしても、誰も変わりませんでした。自分の人生を揺るがすような出会いにならなかった。見るには見ても、注意を払ってよく見たわけではない。自分やこの世界の歴史を変える大事件を見過ごしにしたのです。
私たちはどういう目をもって生きているでしょうか?いかなる眼差しでこの出来事に直面しているでしょうか?信仰の目を開いてくださるのは、神さまです。聖霊の照らしを求めて祈ります。