主はあなたの前に御使いを遣わされる。(創世記24:7)
「(イエスの言葉)父よ、御心なら、この杯を私から取りのけてください。しかし、私の願いではなく、御心のままに行ってください。」すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。(ルカ22:42~43)
今日の旧約聖書の御言葉は、アブラハムが息子イサクの妻になる人を探させるために自分の僕を遣わすときの言葉です。アブラハムは自分の召使いを故郷に遣わすに際し、いくつかの条件を彼に話して聞かせました。そして最後に「主はあなたの前に御使いを遣わされる」と言って彼を励まして送り出した。そういう場面です。
「主はあなたの前に御使いを遣わされる」というのは、主があなたの行く道を導き、必要を備えてくださるように、ということでしょう。もっと言えば、主が御心を行ってくださるように、ということであると思います。すべては神がお望みになるとおりになりますように。アブラハムも、そして私たちも、願うのはそのことです。
しかし、誰よりも神の御心を必死に願ったのは、主イエスさまをおいて他にはいません。主は十字架を前にして必死に祈りました。「父よ、御心なら、この杯を私から取りのけてください。」主イエスは「この杯を私から取りのけてください」と心から願いながら、あくまでも神の御心をすべての基となさいました。「しかし、私の願いではなく、御心のままに行ってください。」主が御心を成し遂げてくださいますようにと祈り、主の道を歩くことをお受け入れになられたのです。
主は私たちが今日歩む道の前にも御使いを遣わしてくださいます。私たちはそのことを信じ、主の御心が成し遂げられることを願い求めます。私たちの救いの道がそこに拓かれることを信じて、私たちも主を待ち望むのです。
「(イエスの言葉)父よ、御心なら、この杯を私から取りのけてください。しかし、私の願いではなく、御心のままに行ってください。」すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。(ルカ22:42~43)
今日の旧約聖書の御言葉は、アブラハムが息子イサクの妻になる人を探させるために自分の僕を遣わすときの言葉です。アブラハムは自分の召使いを故郷に遣わすに際し、いくつかの条件を彼に話して聞かせました。そして最後に「主はあなたの前に御使いを遣わされる」と言って彼を励まして送り出した。そういう場面です。
「主はあなたの前に御使いを遣わされる」というのは、主があなたの行く道を導き、必要を備えてくださるように、ということでしょう。もっと言えば、主が御心を行ってくださるように、ということであると思います。すべては神がお望みになるとおりになりますように。アブラハムも、そして私たちも、願うのはそのことです。
しかし、誰よりも神の御心を必死に願ったのは、主イエスさまをおいて他にはいません。主は十字架を前にして必死に祈りました。「父よ、御心なら、この杯を私から取りのけてください。」主イエスは「この杯を私から取りのけてください」と心から願いながら、あくまでも神の御心をすべての基となさいました。「しかし、私の願いではなく、御心のままに行ってください。」主が御心を成し遂げてくださいますようにと祈り、主の道を歩くことをお受け入れになられたのです。
主は私たちが今日歩む道の前にも御使いを遣わしてくださいます。私たちはそのことを信じ、主の御心が成し遂げられることを願い求めます。私たちの救いの道がそこに拓かれることを信じて、私たちも主を待ち望むのです。