私は苦しむ者、貧しい者。
わが主が顧みてくださるように。(詩編40:18)
(パウロの言葉)私は貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹することにも、飢えることにも、有り余ることにも、乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。(フィリピ4:12~13)
使徒パウロは本当にこの言葉のとおりの人物で、そうであるからこそ信仰が血肉に宿っていたのだなと思います。あるときは貧しくあるいは豊かに暮らし、満腹することも飢えることも知っていた。有り余ることも乏しいことも、他のありとあらゆる境遇を生き、そしてキリストにより頼んで対処しました。パウロは本当にすごい信仰者だと思います。私は、すぐに「あれが足りない」「これがダメだ」と不満を持ったり、周囲の人や環境のせいにしてしまいがちです。ところがパウロは、主イエス・キリストを信じる信仰によって、自分の境遇を受け止めなおし、神さまに依り頼んでいたのではないでしょうか。
もしも「私は苦しむ者、貧しい者。わが主が顧みてくださるように」という詩編のとおりに、主が顧みてくださるということだけに私たちの思いが向くのなら、それはとても幸いなことです。ルカによる福音書第6章を見ると、主ご自身が「貧しい人々は、幸いである」「今飢えている人は、幸いである」「今泣いている人々は、幸いである」とおっしゃっています。キリストが神の国を来たらせ、キリストが満たし、キリストが笑いを与えてくださるからです。
私たちの生活の一つひとつのことを、豊かさや貧しさ、今日のご飯のことも含めて、そのすべてをキリストに委ねましょう。キリストの下さる神の国を待ち望み、キリストが満たしてくださることを待ち望み、キリストが私にも与えてくださる笑みをこそ求めましょう。キリストこそ私たちのただおひとりの救い主です。
わが主が顧みてくださるように。(詩編40:18)
(パウロの言葉)私は貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹することにも、飢えることにも、有り余ることにも、乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。(フィリピ4:12~13)
使徒パウロは本当にこの言葉のとおりの人物で、そうであるからこそ信仰が血肉に宿っていたのだなと思います。あるときは貧しくあるいは豊かに暮らし、満腹することも飢えることも知っていた。有り余ることも乏しいことも、他のありとあらゆる境遇を生き、そしてキリストにより頼んで対処しました。パウロは本当にすごい信仰者だと思います。私は、すぐに「あれが足りない」「これがダメだ」と不満を持ったり、周囲の人や環境のせいにしてしまいがちです。ところがパウロは、主イエス・キリストを信じる信仰によって、自分の境遇を受け止めなおし、神さまに依り頼んでいたのではないでしょうか。
もしも「私は苦しむ者、貧しい者。わが主が顧みてくださるように」という詩編のとおりに、主が顧みてくださるということだけに私たちの思いが向くのなら、それはとても幸いなことです。ルカによる福音書第6章を見ると、主ご自身が「貧しい人々は、幸いである」「今飢えている人は、幸いである」「今泣いている人々は、幸いである」とおっしゃっています。キリストが神の国を来たらせ、キリストが満たし、キリストが笑いを与えてくださるからです。
私たちの生活の一つひとつのことを、豊かさや貧しさ、今日のご飯のことも含めて、そのすべてをキリストに委ねましょう。キリストの下さる神の国を待ち望み、キリストが満たしてくださることを待ち望み、キリストが私にも与えてくださる笑みをこそ求めましょう。キリストこそ私たちのただおひとりの救い主です。