自分の神を知る民は揺るがず行動する。(ダニエル11:32)
聖なる方、真実な方がこう言われる。「あなたは忍耐についての私の言葉を守った。だから試練の時に、私もあなたを守ろう。」(黙示録3:7,10)
今日の御言葉は「忍耐」と言います。必ず試練の時が来る。苦しみの時に忍耐してキリストに従い続けることがいかに大事か。聖書はそのことを私たちに語りかけます。
ナチが支配するドイツで、忍耐をもってキリストに従ったキリスト者の一人にディートリッヒ・ボンヘッファーという人物がいます。私たちキリスト者は、屁理屈で逃げることなく単純にキリストに従うことこそが大事だと考え、それを実践した人物です。(この人が書いた『キリストに従う』という本は本当に名著です。山上の説教の講解が主な内容です。今のマタイによる福音書の説教準備のための私の必読書の一つです。)
ボンヘッファーはヒットラー率いるナチがたくさんのユダヤ人やロマの人々を虐殺し、戦争の災禍を繰り返していることに心を痛め、ヒットラー暗殺計画の一員となり、ナチに捕らえられ、獄中で処刑されて最期の時を迎えました。そのときにこのような詩を残しています。
われらに苦き杯を
溢れるばかりに満たされた苦しみの苦き杯を、あなたが与え給うなら
われらはそれを恐れずに感謝して
あなたのいつくしみ深き愛する御手から受け取ろう。
しかしあなたがなおもこの世に対する喜びと
その太陽の輝きをわれらに贈り給うなら
われらは過ぎ去ったことを思い出そう。
その時われらの生は全くあなたのものとなるのだ。
ここにすでにボンヘッファーの忍耐の秘密があるように思います。神がその御手からくださるものは、どのようなものであろうと受け取ります、と彼は告白します。それは、どのようなときにも神の手は慈しみ深いからです。自分たちの生がすべて慈しみに満ちた神のものだと信じているからです。その神に私は従う。その杯が苦くても。苦い杯を飲んで十字架に向かわれたキリストの後についていく。キリストが愛した多くの人、弱い人、蹂躙されている人々を私も愛する。
この信仰は、私たち自身の信仰でもあります。私たちもキリストへの服従に招かれています。
聖なる方、真実な方がこう言われる。「あなたは忍耐についての私の言葉を守った。だから試練の時に、私もあなたを守ろう。」(黙示録3:7,10)
今日の御言葉は「忍耐」と言います。必ず試練の時が来る。苦しみの時に忍耐してキリストに従い続けることがいかに大事か。聖書はそのことを私たちに語りかけます。
ナチが支配するドイツで、忍耐をもってキリストに従ったキリスト者の一人にディートリッヒ・ボンヘッファーという人物がいます。私たちキリスト者は、屁理屈で逃げることなく単純にキリストに従うことこそが大事だと考え、それを実践した人物です。(この人が書いた『キリストに従う』という本は本当に名著です。山上の説教の講解が主な内容です。今のマタイによる福音書の説教準備のための私の必読書の一つです。)
ボンヘッファーはヒットラー率いるナチがたくさんのユダヤ人やロマの人々を虐殺し、戦争の災禍を繰り返していることに心を痛め、ヒットラー暗殺計画の一員となり、ナチに捕らえられ、獄中で処刑されて最期の時を迎えました。そのときにこのような詩を残しています。
われらに苦き杯を
溢れるばかりに満たされた苦しみの苦き杯を、あなたが与え給うなら
われらはそれを恐れずに感謝して
あなたのいつくしみ深き愛する御手から受け取ろう。
しかしあなたがなおもこの世に対する喜びと
その太陽の輝きをわれらに贈り給うなら
われらは過ぎ去ったことを思い出そう。
その時われらの生は全くあなたのものとなるのだ。
ここにすでにボンヘッファーの忍耐の秘密があるように思います。神がその御手からくださるものは、どのようなものであろうと受け取ります、と彼は告白します。それは、どのようなときにも神の手は慈しみ深いからです。自分たちの生がすべて慈しみに満ちた神のものだと信じているからです。その神に私は従う。その杯が苦くても。苦い杯を飲んで十字架に向かわれたキリストの後についていく。キリストが愛した多くの人、弱い人、蹂躙されている人々を私も愛する。
この信仰は、私たち自身の信仰でもあります。私たちもキリストへの服従に招かれています。