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2019年7月11日木曜日

2019年7月11日(列王記下25)

今日の通読箇所:使徒言行録27:27~45、列王記下25、箴言7

列王記下25;
かつてエジプトの国で奴隷として仕えていたヘブライ人の叫び声を神が耳を傾けて聞き、神の人モーセを遣わして救ってくださいました。彼らは約束の地に導かれ、やがて王を求めて、神が王として支配することを拒むという罪を犯します。しかし信仰者ダビデが王として国を治め、その子ソロモンの時代に絶頂期を迎えました。しかしその次世代に国は分裂し、北のイスラエルと南のユダに分かれました。北王国イスラエルはひたすら主に背き、やがて紀元前721年にアッシリアに滅ぼされ、国民は捕囚されました。そして南王国イスラエルは、ついに紀元前521年に新バビロニア帝国に滅ぼされ、国民はやはり捕囚され、南北に分裂したイスラエルとユダは両方とも滅びてしまいました。神の民イスラエルが、ここで一度崩壊してしまった。今朝の聖書の御言葉は、その時のことを伝えています。
王国と王政は崩壊し、さらにそれだけではなく神殿も崩壊しました。「カルデア人は、主の神殿にあった青銅の柱と台車、また主の神殿にあった青銅の『海』を打ち砕き、その青銅をバビロンへ運んだ(13)」。イスラエルもユダも、政治的に消滅しただけでなく、信仰的な中心であった神殿を失ってしまった。完全に打ち砕かれてしまったのです。
このときの彼らの虚脱感は、想像するにあまりあります。私たちも、目の前の光景のすべてが瓦礫になった隣人を前にしてきました。
しかし、聖書は最後に希望の光のようにしてヨヤキン王のその後を伝えています。彼はバビロン王の厚遇を得て、「常に王の前で食事を共にした(29節)」と言います。もしもこのとき、彼の王家が断絶させられていたら、ダビデの家から主イエスが生まれることもできませんでした。もしもそうだったら、ダビデの家と関係のないところでマリアが主イエスを産むだけだったことでしょう。この異邦の王のもしかしたら気まぐれかもしれない憐れみによって、望みがつながれたのです。
すべてを打ち壊すような絶望のただ中にも、神様は最後の希望を残してくださるのです。

2019年7月10日水曜日

2019年7月10日(列王記上23〜24)

今日の通読箇所:使徒言行録27:1~26、列王記下23~24、箴言6:20~35

列王記下23~24;
ユダの王ヨシヤは神殿で発見された聖書の御言葉に基づいて、国内の信仰の刷新を図りました。まず何よりも最初にしたことは、御言葉に聞くことです。「王は、ユダのすべての人々とエルサレムのすべての住民、祭司と預言者、子どもから大人まですべての民と一緒に主の神殿に上った。そして主の神殿で見つかった契約の書のすべての言葉を人々に読み聞かせた。それから王は柱の傍らに立って、主の前で契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守り、この書に記された契約の言葉を実行することを誓った。民も皆、この契約に加わった(23:2~3)」。新約聖書には「信仰は聞くことから、聞くことはキリストの言葉によって起こるのです(ローマ10:17)」という言葉があります。キリストが語りかけてくださる一つひとつの言葉に耳を傾け、聞くことから信仰は始まる。まさに、ヨシヤとユダの人々はこの道を再び歩み出しました。
ヨシヤの改革では異教の神々や人身御供などが徹底的に退けられました。しかしその中でも重要なのは、これです。「王はすべての民に命じた。『この契約の書に記されているとおりに、あなたがたの神、主の過越祭を祝いなさい』(23:21)」。このような過越祭は士師の時代以来行われたことがなかったといいます。士師の時代と言えば、モーセの後継者ヨシュアの次世代、ということでしょう。カナンの地でのイスラエルの歴史は、ほとんどの期間、過越祭を祝ってこなかったのです。過越祭は神が私たちをエジプトの国、奴隷の家から導き出し、救ってくださったことを祝う礼拝です。主の救いの御業を祝って、その記憶を新しくします。救いを想起しなければ、信仰者は堕落してしまう。
こうして、御言葉と礼拝が、ヨシヤによって回復されました。しかし、なお「主はユダに対して燃え上がった激しい怒りの炎を鎮めようとはされなかった(23:26)」。厳しいことです。ヨシヤが徹底して神に立ち帰ろうと呼びかけ、国を挙げてそれにしがたいましたが、彼らは罪の破滅から逃れることができなかった。どんなにすばらしい礼拝も、御言葉に従う服従も、最後の最後に私たちを罪から救う力を持ち得ない。やはり、ただイエス・キリストの真実によるのでなければ、私たちは救われようがないのです。
ヨシヤの後に続く王たちは、みな主に背き、悪の中に身を沈めました。神の裁きは、その民を悪の中に放置するということによっても起こっている。このような私たち人間の現実を前にして、ただただキリストにすがるのみです。

2019年7月9日火曜日

2019年7月9日(列王記下21〜22)

今日の通読箇所:使徒言行録26、列王記下21~22、箴言6:1~19

列王記下21~22;
ユダの王、マナセやアモンは「主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国民の忌むべき慣習に倣って、主の目に悪とされることを行った。父ヒゼキヤが破壊した高き所を建て直し、バアルの祭壇を築き、イスラエルの王アハブが造ったように、アシェラ像を造った。また天の万象にひれ伏し、これに仕えた(21:2~3)」。天の万象にひれ伏し、占いや卜占、霊媒や口寄せをするというのは、申命記4;19以下、律法の規定に明らかに背く行いでした。彼らの行動の基準は、主がくださった律法の教えではなく、周りの人々の慣習、つまり他の人がどう振る舞っているか、ということだったようです。
それに対して、ヨシヤ王というひとは、ユダの王家の歴史の中でもきら星のような存在であったと思います。「彼は主の目に適う正しいことを行い、父祖ダビデの道に従って歩み、右にも左にもそれなかった(22:2)」。まず最初に手をつけたのが、献金改革でした。献金をキチンと神殿のため、礼拝のために使うようにしました。それはかつてユダのヨアシュ王がしたのと同じ改革です。ヨアシュも「主の目に適う正しいことを行った(12:3)」王でしたが、ただ、当時の人々は高き所を離れはしませんでした。しかしヨシヤ王は、第23章に入ると、高き所を徹底的に破壊しつくします。ヨシヤはヨアシュよりもさらに神に従い通す人でした。どうして、そこまでできたのか?
ヨシヤ王の献金改革の時、神殿であるものが見つかりました。「あるとき、大祭司ヒルキヤは書記官シャファンに、『主の神殿で律法の書を見つけました』と伝えた。・・・書記官シャラファンは王に、『祭司ヒルキヤが私に一つの書を渡しました』と告げた。シャファンは王の前でそれを読み上げた。王はその律法の書を聞くや、衣を引き裂いた(22:8,10,11)」。このとき見つかった律法の書は申命記、あるいは申命記の核になる部分であると考えられています。ヨシヤ王は申命記の言葉を聞いて衣を裂いて悔い改めました。彼は律法、つまり聖書に記された主の言葉に従って生きたのです。それがヨシヤの生きる秘訣です。
私たちの生きる指針は、何でしょうか?聖書なのか、それとも周りの目や他の人の振る舞いなのか。自分の損得や都合のいいことを言ってくれる甘い言葉を聞くのか、それとも悔い改めを迫る聖書の言葉、神の言葉に従うのか。私たちは自分の思うがままに生きるのか、神に従うのか。。私たちの前に立つこの一人の信仰者の存在は、私たちにそう問いかけます。

2019年7月8日月曜日

2019年7月8日(列王記下19〜20)

今日の通読箇所:使徒言行録25、列王記下19~20、箴言5

列王記下19~20;
ヒゼキヤ王はアッシリアからの挑発の言葉、主なる神をも侮辱する言葉に深く怒り、悲しみ、また恐れました。彼は預言者イザヤに相談しました。イザヤは王に答えます。「あなたがたの主君にこのように伝えなさい。『主はこう言われる。アッシリアの王の家臣たちが私を冒瀆する言葉を聞いても、恐れるな。見ているがよい。私が王に霊を送り込むと、彼は噂を聞いて自分の国へ引き返す。そこで私は剣にかけて彼を倒す』」(19:6~7)。
そうです。私たちは恐れるのです。神様が侮辱されたときに。神様を信じず、侮る人を前にしたとき、私たちは恐ろしくなるのです。ヒゼキヤの恐れは、私たちの恐れです。しかし、預言者は言います。「恐れるな」と。恐れず私を信じなさい、と。神が私たちを救うことのおできになる力をお持ちなのだと、揺るぎなく信じるようにと訴えるのです。
ヒゼキヤはその呼びかけに答えました。「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、主よ。あなただけが地上のすべての王国の神であり、あなたが天と地をお造りになったのです。主よ、耳を傾けて聞いてください。主よ、目を開いてみてください。生ける神を罵るために送ってよこしたセンナケリブの言葉を聞いてください。主よ、確かにそうです。アッシリアの王たちは諸国民とその国土を荒廃させました。彼らはそれらの神々を火に投げ込みました。しかし、それらは神ではなく、木や石であり、人の手で造られたものに過ぎないので、滅ぼすことができたのです。私たちの神、主よ、どうか今、私たちを彼の手から救ってください(15から19節)」。
ヒゼキヤは、私たちの信じる主なる神は、他の神々の中の一人ではない、one of themではないと言います。だから、恐れなくていい。この世界を造り、支配しておられる方は、強国アッシリアをも支配しておられる。他の神々がアッシリアの王の手で火に投げ込まれたのは、もともとあれらが神ではなかったからに過ぎない。そう言います。
ヒゼキヤを取り巻いていた状況は、大変厳しいものでした。ここでのアッシリアも、第20章に登場するバビロンも、世界史に今でも名前が残っている超大国です。人間的に言えば、恐れるだけの理由がいくらでもあります。しかし、神様のご支配を、そのようなときにも信じることができる。それが、預言者イザヤがヒゼキヤ王に訴えかけた信仰の道なのではないでしょうか。

2019年7月7日日曜日

2019年7月7日(列王記下17〜18)

今日の通読箇所:使徒言行録24、列王記下17~18、箴言4:20~27

列王記下17~18;
北王国イスラエルが、滅亡しました。最後の王の名前はホシェアでした。彼自身は以前のイスラエルの王たちほどには悪を行いませんでしたが、もはや国の崩壊は止まりませんでした。どうしてこのようなことになってしまったのか。聖書ははっきりと答えます。「こうなったのは、イスラエルの人々が、彼らをエジプトの地から、エジプトの王ファラオの支配から導き上った神、主に対して罪を犯したからである。彼らは他の神々を畏れ敬い、主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国民の風習と、イスラエルの王たちが取り入れた風習に従って歩んだからである(17:7~8)」。
そんな彼らを、このようにも言います。「彼らは、主の掟、主が先祖と結ばれた契約、主が彼らに厳しく命じられた定めを拒み、空しいものに従って歩んで、自らも空しくなり、主が彼らのように行ってはならないと命じられていた周囲の諸国民に従って歩んだ(15節)」。空しいものに従って、自らも空しくなった。とても印象的な、悲しい言葉です。聖書は再三にわたって、彼らが周囲の人々と同じようになったと指摘しています。神に選ばれ、神に従うはずの者が、自分のその特別な使命を捨てたのです。神様の前で与えられていた特殊性を捨てて、周囲に溶け込み、one of themになってしまいました。それはつまり、神様のこともone of themにしたということでもあります。いろいろな文化、国の人々が信じている多くの神の一人にすぎない。神様をそう扱ったのです。「私があなたがたと結んだ契約を忘れてはならない。他の神々を畏れ敬ってはならない。あなたがたの神、主のみを畏れ敬いなさい。主が、あなたがたをすべての敵から救い出されるのである(38節)」と言う神様は、どんなに悲しんでおられることでしょう・・・。
第18章は、預言者イザヤの時代のユダの王、ヒゼキヤの物語です。やはり、強国アッシリアに圧迫され、今にも攻め落とされそうです。しかも、アッシリアは言います。「この度、私が主ご自身と関わりなくこの場所を滅ぼしに攻め上ってきたと思うのか。この地に攻め上り、これを滅ぼせと私に言われたのは主ご自身なのだ(18:25)」。あろうことか、アッシリアが主の名を口にしながらユダへの侵略を正当化します。そう言いながら、ヒゼキヤ王と主が前にも出てきた「高き所」の祭壇を取り除いたことを非難します(22節)。つまり、アッシリアにとっては、主は、自分たちの侵略する国々の神の一人に過ぎない、しかも敗北した神、力なき被支配者の象徴に過ぎないのです。彼らにとってははone of themでした。
主は、私たちに、ご自身への一途な愛を求めておられるのではないでしょうか。一心に主を求め、愛し、慕いまつる私たちの真心を。どのようなときにも。むしろ危機のときにこそ。神様こそ、私たちに一途な方でいてくださるからです。

2019年7月6日土曜日

2019年7月6日(列王記下15〜16)

今日の通読箇所:詩編23、列王記下15~16、箴言4:1~19

列王記下15~16;
ユダとイスラエル、それぞれの王たちが何人も登場します。両国は、いよいよ末期に迫りつつあります。特に北のイスラエルは内政が不安定だったのでしょう、クーデターが何度も連続して起こっています。しかし一貫して、彼らは主の前に罪を改めることがありませんでした。それは、何よりも礼拝における罪です。主の御前に進み出ることなく、自分たちの都合に合わせて、やりやすい礼拝を追い求めていました。自分のニードにあわせた、名ばかりの信仰だったということであると思います。
そんな時代に、頼みの綱ともいうべきユダにアハズという王が登場しました。「彼は父祖ダビデと異なり、自分の神、主の目に適う正しいことを行わなかった(16:2)」のです。彼は、北のイスラエルの王たちがそうであったように、主に従うことはしませんでした。「主がイスラエルの人々の前から追い払った諸国民の忌むべき慣習に倣って、自分の子に日の中をくぐらせることさえした(16:3)」と言います。また、彼はアッシリアの王に使いを送り、自分たちをイスラエルから救ってくれるようにと言います。イスラエルは今は敵対していても同じ信仰を抱く同胞であり、アッシリアは、やがてそのイスラエルを滅ぼすことになる国です。アハズはアッシリアのために主の神殿の銀や金を貢ぎ物にしました。
そして、極めつけに、かつてのユダのどの王もしなかったことを彼はしてしまったのです。アハズはダマスコにあるイスラエルの祭壇を見て、祭司にそのレプリカを造らせます。王はその際段に上って自ら焼き尽くすいけにえを献げました。そして、もともと神殿にあった主の祭壇は北側にずらして自分のプライベイト用にし、新しい祭壇をもとの主の祭壇の位置に据え付けたのです。
アハズはイスラエルの王たちがしてきたことでは飽き足らず、それよりももっとひどいことをしました。祭壇をも軽んじて、礼拝を辱めました。それは、まさに自分のニードに合わせた礼拝であったと思います。私たちのニードや願いが先に立つとき、礼拝は堕落してしまう。そのことをまざまざと見せつける出来事であったと思います。

2019年7月5日金曜日

2019年7月5日(列王記下13〜14)

今日の通読箇所:使徒言行録22、列王記下13~14、箴言3:21~35

列王記下13~14;
イスラエルの王とユダの王が登場します。それぞれ、「ヤロブアムの罪」と「高き所でいけにえを献げ」という言葉がキーフレーズのように登場してきます。今回だけではなく、これまでの王たちについてもそのように言われていました。何を意味しているのでしょうか。
ネバトの子ヤロブアム。それは分裂した北王国イスラエルの最初の王です。ソロモン亡き後混乱した統一イスラエル王国でしたが、その後混乱が深まり、ヤロブアムと10の部族がユダのダビデの家から分裂します。最初はユダの圧政に対する憎しみもあって国はまとまっていましたが、ヤロブアムはすぐに問題に気づきました。ソロモンが建てた主の神殿は南王国の首都エルサレムにある。皆、礼拝をするためにエルサレムに行ってしまえば、やがて人々の心はダビデの家に戻ってしまう。そこで、彼は「二体の金の子牛を造り、そして言った。『あなたがたがエルサレムに上るのは大変である。イスラエルよ、これがあなたを0エジプトの地から導き上った神々である(列上12:28)』」。そして彼はその二体を北王国の南の端のベテルと北の端のダンに設置しました。人々はそこで礼拝をしました。律法は、礼拝は定められた場所でしなければならないとしています。自分勝手に、便利に礼拝所を移してはならないのです。これがヤロブアムの罪。
南のユダ国にについては、高き所で献げるいけにえが問題になっていました。「高き所」はもともとのカナンの土着の宗教の礼拝所です。ですから、これも本質的にはヤロブアムの罪と似ていて、自分たちの都合に合わせて、自分で言いと思う礼拝をしていた、という問題です。律法で規定された礼拝の姿から逸脱していたのです。
今朝の箇所でイスラエルの王ヨアシュなどはエリシャが死の病を患ったときに泣きながらやって来ました。ヨアシュもヤロブアムの罪を離れていませんでしたが、それでもエリシャを慕い、神を求めていたのでしょう。エリシャも彼を見捨てるのではなく、神の御許に立ち帰らせようと、対話を深めています。願わくば、私たちが神の御業に心から期待して、5度も6度も弓矢を放ち続ける信仰の大胆さを戴くことができますように。
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宮井岳彦
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2019年7月4日木曜日

2019年7月4日(列王記下11〜12)

今日の通読箇所:使徒言行録11:17~40、列王記下11~12、箴言3:1~20

列王記下11~12;
南王国ユダの王であったアハズヤはイエフによるヨラム王へのクーデターに巻き込まれて、戦死していました(9:27)。アハズヤの母はアタルヤという女でしたが、息子の戦士の方を聞いて、ユダの王家を皆殺しにしようと考えます。それでアタルヤからかくまわれたのが、アハズヤの息子ヨアシュです。アハズヤの息子ということは、アタルヤにとっては孫です。どうして孫を殺そうとしたのか。もともと、アタルヤはイスラエルの王イスラエルの王オムリの娘でした。オムリは、アハブの父親です。従って、アタルヤはアハブの姉か妹か、ということになります。ですので、ユダの王家への思いなどなかったのでしょう。むしろ、アタルヤは息子なきユダ王家の実権を握り、幼いヨアシュを蔑ろにして、彼女の支配がユダ王国に敷かれることになりました。
ヨアシュはそのようにして人生に翻弄されましたが、彼を匿い、後に擁立して王家を守った祭司ヨヤダらの助けによって生き延び、やがてアタルヤの手から王国を取り戻しました。ヨアシュはヨヤダから信仰教育を受けて育ったのでしょう。「ヨヤダは、主と王と民との間で、彼らが主の民となる契約を結んだ。また、王と民との間でも契約を結んだ。国の民は皆、バアルの神殿に行ってそれを破壊し、祭壇と像と徹底的に打ち砕いた(11:17~18)」。王自身も、誠実な歩みをしました。「ヨアシュは、祭司ヨヤダの教えを受け、生涯を通じて主の目に適う正しいことを行った(12:1)」。さらに、彼は神殿の献金についても改革し、献金によって神殿の祭具を修理することができるように整えたのでした。
神様がヨアシュのピンチに際して助けてとしてヨヤダを与えて、彼が信仰者として生きられるように励まし、育ててくれたことは、すばらしい御業です。神様は、私たちのことも、誰かのためのヨヤダとして召しておられるのかもしれません。

2019年7月3日水曜日

2019年7月3日(列王記下9〜10)

今日の通読箇所:使徒言行録21:1~16、列王記下9~10、箴言2

列王記下9~10;
アハブの家に、神の裁きが下ります。その最後は悲惨なものでした。エリシャは、若い預言者を遣わして、イスラエルの将軍イエフに油を注いで新しい王とします。そのイエフが、アハブの子であるヨラムに謀反を起こし、彼を殺しました。イエフはヨラム王に対しては「あなたの母親イゼベルの淫行と呪術がはびこっている」と言い、イゼベルに対しては「あの呪われた女」と言います。彼の心は怒りで燃えていた。主なる神をとことん蔑ろにし、バアルに国と国民を明け渡した王家に、イエフは怒り、熱情を燃やしていたのです(10:16)。その心は、「私は万軍の神、主に非常に熱心に仕えてきました(列上19:10)」と言ったエリヤの心と一つだったのだと思います。
イエフはアハブの身に起こったことを、自分の軍事的な手柄とは考えませんでした。主の言葉が成就した、と受け止めていました。ヨラム王がナボトの所有地で死んだこと、イゼベルの死体が犬に食われたこと、一つひとつが主の言葉の成就だと言うのです。さらに、アハブの家の者たちも、バアルの預言者も、皆殺しにされました。バアルの神殿は徹底的に破壊しつくされ、肥だめにまでされたのです。
イエフのしたことは本当に徹底していて、もしかしたら、そこまでしなくてもいいのではないか、という感想が出てくるのではないかと思います。確かに現代の社会の感覚からすると、あまりに残酷です。しかし、私は考えないわけには生きません。アハブとイゼベル、そして彼らに連なる者たちにまで及ぶこの激しい裁きがどうして行われたのか。彼らが徹底して主を蔑ろにし、主に仕えることも礼拝することも拒み、主を捨てたからです。もしかしたら、アハブやイゼベルの姿は、私の姿であるのかもしれません。彼らは預言者たちを何人も殺しました。マタイ21:33~46で、主イエスがぶどう園と農夫のたとえをしてくださいました。ぶどう園の収穫を受け取るために遣わした使いたちを、農夫は何人も殺しました。最後には農園の主人の息子も殺しました。これは、明らかに私たちの姿です。イエスを殺した私たちです。私たちは、アハブとイゼベルと共に、神を殺す家の者として裁かれ、殺されるべきです。そのような私たち農夫を救ってくださったのは、他ならない、農夫に殺されたイエスご自身です。主なる神様の御前に、悔い改めつつひれ伏し、今日の日を始めていきましょう。

2019年7月2日火曜日

2019年7月2日(列王記下7〜8)

今日の通読箇所:使徒言行録20:17~38、列王記下7~8、箴言1:20~33

列王記下7~8;
エリシャの時代、イスラエルはアラムという隣国との戦いが絶えなかったようです。アラムはイスラエルの北側の隣国で、ガリラヤ湖よりももう少し北に位置しています。北王国にとってこの北の隣国は常に脅威であったようです。6:8から、アラムとの戦いがあり、特に6:24からのところでイスラエルの都サマリアが包囲され、兵糧攻めに遭っていました。母がその子を煮て食うような悲惨な状況にありました。
そんなときに、エリシャが言います。「主の言葉を聞きなさい。『明日の今頃、サマリアの門では、上質の小麦粉一セアが一シェケル、大麦二セアが一シェケルとなる』」。ところが王の侍従は「主が天に窓をつくられたとしても、そんなことはありえない」と言い放ちます。
果てして、全くイスラエルの力の外で、神の言葉は現実のものとなりました。不思議なことに、アラム軍は、一夜にしていなくなってしまっていたのです。それは「主が、戦車の響き、馬のいななき、また大軍のどよめきをアラムの陣営に響き渡らせたので、彼らは『イスラエルの王が我々を攻めるため、ヘト人の王たちやエジプトの王たちを雇ったのだ』と互いに言って、夕暮れには、逃げ去っていたのである(7:6~7)」。さらに、アラムの陣営がもぬけのからになっていたのに最初に気づいたのは、町の門の外にいた4人の規定の病の人たちでした。イスラエルのコミュニティに入れてもらえなかった人たちが、「主が天に窓をつくられたとしても、そんなことはありえない」と王の侍従が言い放った神の出来事が実現したことの証人になったのです。
エリシャは、そのほかにも、8:7~15では、アラムの王がベン・ハダドからハザエルに代わることを預言します。主なる神様のご支配が、イスラエルだけではなくアラムにも、町の外に追い出された規定の病の人々にも届いていることを強く思わされます。主の御業は、私たちの思いを超えて、「外」に向かって広がっているのです。

2019年7月1日月曜日

2019年7月1日(列王記下5〜6)

今日の通読箇所:使徒言行録20:1~16、列王記下5~6、箴言1:1~19

列王記下5~6;
ナアマンというアラムの将軍が登場します。彼は規定の病を得ていた。規定の病というのは皮膚病のことで、その中でも特に律法で「穢れ」として規定されている種類の病でした。当時、それを根治する方法はありませんでした。
私が子どもの頃にあった聖書カルタにはナアマンの話があって、「ナアマン七回水の中」という読み札を今でもよく覚えています。そう、ナアマンが病を癒やしてもらいにエリシャの所へ来たとき、預言者はナアマンにヨルダン川に行って、七回実を洗うように指示しました。ところが、それを聞いたナアマンは激怒します。自分の故郷、アラムの川の方がヨルダン川よりもよっぽど美しい。てっきり預言者が来て患部に手をかざして祈ってくれるものと思っていたら、あんな汚い川には入れだなんて・・・と怒ったのです。
確かに、ナアマンの身になって考えればもっともな話です。私たちは聖書を読んで結末を知っています。しかし、ナアマンには「七回水の中」の意味が分かりません。なぜそんなことをしなければならないのか、どういう意味があるのか、全く不明です。だから彼は怒った。その気持ちは、私たちにもよく分かります。
御言葉に従うというのは、もしかしたらこういうことなのかもしれません。意味が分からない、自分に納得できるようなやり方ではない・・・。私たちにもいろいろ言い分はあります。しかし、まず従ってみる。まず、神様がおっしゃるとおりにしてみる。それが大事なのではないでしょうか。
そうしたとき、ナアマンの身に出来事が起こりました。彼は癒やされた。彼は主なる神を信じます。しかし、アラムに帰れば、将軍として、王と共にリモン神殿に参拝せねばならない。どうしたらいいのか。彼はイスラエルの土を持ち帰りたいと言います。甲子園の土のような思い出作りのお土産ではありません。この土を使って主なる神に焼き尽くす捧げ物を献げるための祭壇をつくりたい、ということです。エリシャは「安心して生きなさい」と答えました。それでよい、ということでしょう。
思えば、ここまでの列王記上\下では、自分勝手な礼拝が厳しく戒められていました。自分の都合に合わせて好きな場所で、安心できるように目に見える像を造って。それは、結局自分の欲望を礼拝していることになってしまう。預言者はそう厳しく指摘してきた。ところが、ナアマンの時にはそうは言わなかった。預言者エリシャは、彼のしようとしたことを表面的には見なかったのだと思います。主の御前にだけ身をかがめて生き始めたナアマンの信仰を、しっかりと見抜いていたのでしょう。ナアマンの信仰、それは、主の言葉に従ってみることです。自分の理屈や納得を先に立たせるのではなく、神とその言葉が先にあって、私はそれに後ろから従っていく。そういう信仰の道を、この一人の異邦人は歩み始めたのです。

2019年6月30日日曜日

2019年6月30日(列王記下3〜4)

今日の通読箇所:使徒言行録19:21~41、列王記下3~4、ヨブ記42

列王記下3~4;
エリシャの預言者としての活動について記録しています。当時、イスラエルの王はヨラムという男でした。彼はアハズヤの弟、つまりアハブとイゼベルの息子でした。彼も主に背いていましたが、父母ほどではなかったようです。ヨラムの治世にモアブと戦いました。ヨラムはユダの王ヨシャファトとエドムの王に救援を求め、三国連合でモアブと戦った。ところが途中で水が尽き、どうすることもできなくなってしまった。信仰者であったヨシャファトの提案によって、エリシャの所へ行って助けを求めます。
ヨラムとエリシャは、これまでのアハブとエリヤを考えれば分かるとおり、敵対していました。「私はあなたと何の関わりがあるのですか。あなたの父の預言者や、あなたの母の預言者のところへ行ってください(3:13)」。しかし、ヨラムが絶望しているのを見て、エリシャは彼のためではなくヨシャファトの顔を立てるために、彼らのために預言をしました。エリシャの言葉によって、彼らはこの戦いをしのぐことができました。
他にも、たくさんの奇跡をエリシャは行った。その記録が第4章に記されています。貧しい預言者仲間の妻であるやもめを助けました。小瓶に入っている油を増やした。シュケムに住んでいた裕福な女とその夫との間にエリシャの言葉のとおりに男の子が生まれました。しかしその子は数年後に突然死んでしまった。エリシャはその子を生き返らせるという奇跡を起こしました。さらに、預言者の仲間たちと一緒に食べた鍋の煮物に入っている毒草の毒を取り除きました。そして、パンを増やして、皆が食べきれないほどになりました。
これらの奇跡は、エリシャがエリヤを見送ったときの願いに基づいています。あのとき、彼は願いました。「どうかあなたの霊の二倍の分け前をくださいますように(2:9)」と。エリシャの預言活動の中で行った数々の奇跡は、神が与えてくださった霊の賜物だということなのだと思います。これらの徴(しるし)は、神の言葉の力の象徴です。働き手がエリヤからエリシャに代わっても、神が御言葉を語り、出来事をつくっていくという神様の御業は変わりません。私たちも、聖書を通しておなじみ言葉の出来事に与っているのです。

2019年6月29日土曜日

2019年6月29日(列王記下1〜2)

今日の通読箇所:使徒言行録19:1~20、列王記下1~2、ヨブ記41

列王記下1~2;
イゼベルと共にイスラエルを徹底的に主なる神様から引き離したアハブは死に、その息子であるアハズヤが代わって王となりました。彼も、「主の目に悪とされることを行い、父の道と母の道、およびイスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの道を歩んだ(列王記上22:53)」。あるとき、彼は怪我をした。あろうことか彼は使いの者に命じます。「エクロンの神バアル・ゼブブのもとに行って、私のけがが治るかどうか伺ってきなさい(1:2)」。何と言うことでしょう。彼は主なる神ではなく、全く別の神に自分の怪我のことでのお伺いを立てたのです。
エリヤは言います。「エクロンの神バアル・ゼブブのもとに伺いを立てに行くというのは、イスラエルには神がいないためなのか(3節)」。エリヤは、アハズヤが神を蔑ろにし、神を信じることも祈ることもしないことに罪を見て、厳しく指摘しました。
恐らく、アハブやアハズヤを、世界史の歴史研究の視点で評価したら、全然違う評価になるのだと思います。今回のことも外国とのお付き合いだったり、異文化交流という視点で見れば、外交政策としては賢いやり方だったのかもしれません。私たちは、時にそうやって自分なりの基準を導入して、こちらが賢いやり方、周囲とうまくやっていくための上手なやり方と理由付けをして正当化します。しかし、実はそれが神を蔑ろにしてはいないか、と聖書は問うているのかもしれません。バアル・ゼブブと恐らく同じものが新約聖書にも登場します。新約聖書ではベルゼブルという発音で表記されている、悪霊の頭の名前です。私たちが自分の考える賢さや上手な生き方にこだわるとき、実は悪霊の虜になっているのかもしれません。私たちは、自分をうまく生きられるかどうかで評価するのか、神の前に誠実であるかという点で見るのか、それが問われているように思います。
第2章はエリヤが天に上げられる場面が描かれていました。私には、個人的にある思い入れがある箇所で、いろいろなことを黙想します。メールが長くなりすぎないように、一言だけ。エリヤの働きは次のエリシャに引き継がれました。神様はエリヤにはエリシャを与えてくださっていました。そして、エリシャにもエリヤを与えてくださっていました。エリシャにとってこの別れは辛いものでしたが、その別れにしっかり目を向けることで、エリヤの働きをしっかりと受け継ぐことができました。神の言葉に仕える働きです。
洗礼を受けるとき、私たちはキリストを着ます(ローマ13:14)。エリシャがエリヤの外套を着たように。私たちが洗礼を受けたとき、エリシャと同じように、すでに主のために仕えるキリスト者の群れに聖別して加えられ、その働きを引き継いでいるのです。

2026年10月27日の聖句

神よ、立ち上がり、地を裁いてください。 あなたはすべての国民をご自分のものとされます。(詩編82:8) (ペトロの言葉)神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。どの民族の人であっても、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです。(使徒10:3...