2021年6月19日土曜日

2021年6月19日(箴言2)

箴言2
主は正しい人には良い考えを
完全な道を歩む人には盾を供える。
裁きの道筋に従い
忠実な人の道を守るために。
その時、あなたは見極められるようになる
正義と公正と公平が
  幸いに至る唯一の道のりであることを。
まさしく、知恵があなたの心に来て
知識が魂の喜びとなる。(7~10節)

正義と公正と公平が幸いに至る唯一の道、と箴言は私たちに言います。どれかがかけてしまってはいけないのだと思います。正義のないところに公正と公平は成り立ちません。公正のない正義と公平もありえないし、公平ではない正義と公正は独り善がりです。さらに、いつの時代にも正義と公正と公平は本音のところで軽んじられているというのが現実ではないでしょうか。建前では正義を重んじ、公正を旨とし、公平な社会を目指すとされていても、実際には儲けや縁故がより幅をきかせているような気がします。私たちが営んでいる社会(そこにはキリスト者もそうでない人もいます)は、主を畏れることに始まる知恵が欠かせないのではないでしょうか。この知恵から、この社会で誰もが自由に、そしてフェアに生活することのできる正義や公正が生まれるのではないでしょうか。
知恵は、私たちに呼びかけています。
「子よ、もし私の言葉を受け入れ
私の戒めをあなたの内に納め
知恵に耳を傾け
英知に心を向けるなら・・・」(1~2節)。
私たちが知恵の言葉に耳を傾け、神を畏れ、隣人を尊ぶ社会を形成することを、神さまは私たちに願っておられます。そして、神の知恵が私たちに示す社会の姿こそ、正義と公正と公平に他ならない。そこでは孤児ややもめ、寄留者、貧しい人々が軽んじられることがない。私たちはそうやって神の愛が実現する社会を形づくるために、この世界へと派遣されているのです。

2025年8月30日の聖句

主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...