さいなむ者、不法の者に苦しめられているが、この詩編の特徴は蛇のように鋭い舌や唇の毒と言っているとおり、そういう者たちの言葉によって苦しんでいたということであろう。私たちにもしばし起こるし、とっさの時には相手をやり込めてやろうとしてしまう。しかしこの激しい言葉の詩編は、その訴えを神に向けている。「主は必ず、貧しい人の訴えを取り上げ」てくださると実際に信じた生き方をしているのだ。私もこのように神を信じたいと願う。
2019年2月21日木曜日
2025年1月14日の聖句
貧しい人を憐れむ者は、神をあがめる。(箴言14:31) イエスはその若者に向かって言われた。「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り、貧しい人々に与えなさい。そうすれば、天に宝を積むことになる。それから、私に従いなさい。」(マタイ19:21) 貧しい人への神さまのまなざしは...
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さがみ野教会の皆さま おはようございます。 気持ちのいい、爽やかな秋空の朝を迎えました。お変わりなくお過ごしでしょうか。 明日14日の日曜日の礼拝は成長感謝礼拝(子ども祝福式)です。 讃美歌や説教などが子ども向けのものとなり、大人と子どもとが共に神さまを礼拝し、子どもたちへの祝福...
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神によって私たちは力を振るいます。(詩編60:14) きょうだいたち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を、神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。(ローマ12:1) 今日の二つの御言葉がいっしょに掲げられているというのは本当に面白いなと思います。神によっ...
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仲間に向かって平和を口にするが心には悪意を抱いている「神に逆らう者」いる。しかし、私は主を呼び求めます、と告白する。「至聖所に向かって手を上げ、あなたに救いを求めて叫びます。」新約の信仰に生きる者にとって、この至聖所はキリストがおられる「恵みの座」であり、我らは大胆にもそこに近...