2017年3月9日木曜日

詩編第59編「慈しみ深い神を見張って待ちます」


1節の表題を見ると、サウル王に殺されそうになったダビデが、王の手下に家を見張られていたときの祈りとある。敵に見張られているというのはつらい。世間という目はまるでオーウェルの言う「偉大なる兄弟」の目のようだ。しかし、この詩編の興味深いのは10節で、ここでは祈り手が神を見張っている。神は私の砦の塔だから。神が守ってくださるよう、見逃さないように注視する。信仰者の目は世間の目の中でも神に向く。そこに慰めがある。

2026年2月9日の聖句

もしあなたがたの地で、寄留者があなたのもとにとどまっているなら、虐げてはならない。(レビ記19:33) (イエスの言葉)私の命じることを行うならば、あなたがたは私の友である。(ヨハネ15:14) 主イエスは私たちをご自分の友と呼んでくださいます。主はおっしゃるのです。友はその友の...