2018年4月25日水曜日

詩編第118編「主イエスのお姿を見つめて」

この詩編には新約聖書で、主イエスの歩みについて言い表すために引用されている言葉がある。22節や26節だ。この詩編自体が主イエスのお姿、その歩みを言い表していると受けとめられてきたのだろうし、それはその通りだ。ただ一つ、「主はわたしを厳しく懲らしめられたが、死に渡すことはなさらなかった」だけは違う。イエスは死に渡された。罪を犯さなかった方が、私たちの懲らしめを引き受けて。それほどに、主イエスの愛は深い。

2025年7月3日の聖句

人間の心は自分の道のことに思いを巡らすが、主がその一歩を確かなものとする。(箴言16:9) 言葉であれ行いであれ、あなたがたがすることは何でも、すべて主イエスの名によって行い、イエスによって父なる神に感謝しなさい。(コロサイ3:17) 神さまを信じる私たちにとって、自分の生き方や...