2018年10月24日水曜日

詩編第123編「目を天に上げて」


祈りは、私たちの目を天に上げさせる。ふさぎ込んでいた顔が天を仰ぎ、息を吐き、吸うことができるようにさせてくれる。そこで私たちが目を注ぐのは、憐れみに満ちた神。僕が主人の手に目を注ぎ、はしためが女主人の手に目を注ぐように、私たちは天におられる方の憐れみを待つ。神は、私たちが「天にまします我らの父よ」と祈ることを喜んでくださる。だから、誰に侮られ、嘲笑されても、私たちの目を天に向かって上げ続けよう。

2026年2月11日の聖句

エフライムは、わたしの大切な子、喜びの子なのか。 わたしは彼を責めるたびに、ますます彼のことを思い起こすようになる。 それゆえ、わたしのはらわたは彼のためにわななき わたしは彼をあわれまずにはいられない。ー主のことばー(エレミヤ31:20) 神はあらかじめ選ばれたご自身の民を退け...