2019年1月13日日曜日

2019年1月13日(創世記24)

今日の通読箇所:マタイによる福音書10:24~42、創世記24、詩編17

創世記24;
アブラハムの息子のイサクの結婚の物語です。とは言っても、イサクが恋愛をするということでも、たくさんの相手の中から一人を選ぶ話でもありません。主に登場するのは、アブラハムとアブラハムの老僕、そして結婚することになるリベカです。
アブラハムは自分の老僕にイサクの結婚相手を探すように命じました。その条件は二つ。一つ目は、自分の生まれ故郷に行って、親族の中から連れてくること。そして、さらに重要なもう一つの条件は、だからといって息子がこの地から離れてアブラハムの故郷に帰ることは認めない、ということです。もちろん、この土地をあなたとあなたの子孫に与えるという神様の約束を最優先にした、ということでしょう。
その命を受けて、老僕は旅をします。果たして、彼は一人の娘に出会いました。この人がイサクのために神が定めた人なのか。祈りながら、彼女のすることを見つめます。印象的な言葉があります。「僕は、主がこの旅の目的をかなえてくださるかどうかを知ろうと、黙って彼女を見ていた。(21節)」僕が注目していたのは、神様が何をしておられ、何を願っておられるか、ということでした。だから、僕は彼女こそと確信したときに、主なる神様を賛美します。「主は、その慈しみとまことを主人から取り去られることはありませんでした(27節)」と。
そして、その娘、リベカもやはり、ここに神様の願いがあると信じたから、まだ会ったこともないイサクのもとへ行くことを決心したのだと思います。
私たちは、結婚に代表されるような人生の決断の時、何を最優先にするでしょうか?神様は今何をしておられるのか、何を望んでおられるのか。私たちは、自分が何を望み、何をしようとしているのかということではなく、神様に目を向けたい。そう願います。

2026年5月5日の聖句

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