2021年6月21日月曜日

2021年6月21日(箴言3:21~35)

箴言3:21~35
子よ、よき考えと慎みを保ち
見失うことのないようにせよ。
それらはあなたの魂の命となり
首を飾る恵みとなる。
そうして、あなたは安らかに道を歩み
足がつまずくこともない。
身を横たえるときも、おびえることなく
横たわれば、その眠りは快い。(21~24節)

よき考えと慎みを保つ私でありたい。そう願っています。しかし、私の実際の生き方、現実は・・・そう考えると、苦しくなってしまいます。
今、私たちの教会の礼拝では「罪の告白と聖霊の照らしを求める祈り」という祈りがあります。神さまに罪を告白し、赦しをこいねがう祈りと、聖書の言葉、福音の言葉に聞くために私たちを聖霊が照らしてくださいという祈りとは切っても切り離すことはできません。例え礼拝の式次第の中で別々の祈りになっていたとしても、無関係だというわけではない。私の罪を赦す神さまの御言葉、福音の言葉を、どうかお聞かせくださいと私たちは祈りつつ、礼拝を献げます。
箴言も含めて、聖書の御言葉は私たちのためのキリストの命の言葉です。福音、良い知らせです。私たちの魂の地であり、首を飾る恵みの言葉です。私たち自身は、もしかしたらよき考えや慎みに遠い現実を抱えているかも知れません。しかし神さまはそんな私たちを新しくしてくださいます。神さまの御言葉によって私たちを平安に生かし、起きているときにも眠りにつくときにも神さまのものとして生かしてくださいます。
この私の内にも神さまの御業は始まっている。私たちは大胆にそのことを信じて、今日の日を始めていきましょう。友のための愛に私たちを生かし、キリストに従う信仰を与えてくださるのは、神さまの聖霊です。神さまが私たちの内で始めてくださっている新しい御業に、私たち自身を献げていきましょう。

2025年8月30日の聖句

主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...