2021年11月11日木曜日

2021年11月11日の聖句

女が見ると、その木は食べるによく、目には美しく、また賢くなるというその木は好ましく思われた。(創世記3:6)
この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神の御心は何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるかを見分けるようになります。(ローマ12:2)

私たちの見るところ好ましいもの、美しいもの、良い成果を生み出しそうなもの。あたかもそう見えるものが、本当に良い結果を生み出すとは限りません。創世記が伝える言葉を読むと、木の実を食べた女(エバ)は、何が自分の得になるのかという基準でものを見ていたようです。何がおいしいか、麗しいか、自分にとって良い結果になるか。それは、彼女だけの問題ではありません。むしろ現代社会のルールのように、当たり前になっている価値基準です。
「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神の御心は何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるかを見分けるようになります。」
この世と調子を合わさないというのは、言うほど簡単なことではないように思います。私たちもこの時代の子です。何が世の調子なのか、なかなか自覚的に分からないのではないでしょうか。
今年の初めに、あるプロ野球選手が不倫をしていたことが発覚しました。しかもコロナ禍で球団が外出を禁じられていた時期に密会していて、謹慎処分を受けました。その後、5月頃に処分が解除されたのですが、今度は別の不倫相手の女性と密会していることが発覚し、ついに球団は彼を契約解除にしました。ところが最近になって、その元選手が球団を相手取って裁判を起こしていたことが明らかになりました。複数年契約中であったことから、未払い分の給与の支払いなどがその内容です。この裁判を起こしたことでこの選手は大変なバッシングを受け、この選手を非難する言葉が巷にあふれました。
あるOB選手が本人と話した上でこのような趣旨のことを述べました。彼のしたことは弁解の余地がない。家族を傷つけ、球団に迷惑をかけた上に虚偽の報告までしていた。言い訳はできない。ただ、わが身を振り返ったときに、私も許されないようなミスを許してもらって生きてきた。私は彼のことを許したい。彼がこれからの人生をまっとうに生きていけるように応援したい。
この選手を巡って吹き荒れた裁きの言葉は「この世の調子」だと思います。私たちは悪いやつや迷惑なやつ、あるいは自分がしたくてもできないことをしているやつを見ると、一斉に袋叩きにします。しかし、私たちには別の道もある。人の罪を赦し、再生するものと共に生きる道です。私たちは世界の普通の価値観に従って生きるのでしょうか。それとも、神さまの無限の赦しと愛に従って生きるのでしょうか。

2024年4月25日の聖句

救いは主のもの。 あなたの民の上に祝福を。(詩編3:9) イエスは手を上げて彼らを祝福された。(ルカ24:50) 主イエス・キリストは復活して40日間弟子たちと共におられ、その後、天に昇って行かれました。その時、主イエスは手を上げて弟子たちを祝福し、その恰好のままで天に上げられて...