2023年4月25日火曜日

2023年4月25日の聖句

まっすぐな人には闇の中にも光が昇る。あわれみに富み、情け深く、正しい光が。(詩編112:4)
私たちの苦難は一時の軽いものであり、永遠で比べもののないほど重要な栄光を創り出します。それは見えるものにではなく、見えないものに目を注ぎます。(2コリント4:17~18)

苦難の渦中にいる時、それは永遠に続くのではないかと思われます。それに苦難は苦難でも、その事柄の性質によっては、渦中でなくなった後もその傷がずっと残るものがあります。生涯消えることのない悲しみの傷跡を受けることも、時に起こるのではないでしょうか。
聖書は私たちのそういう現実をよく知りながら、なお言います。「私たちの苦難は一時の軽いものであり、永遠で比べもののないほど重要な栄光を創り出します。」これは、主イエス・キリストを信じるからこそ口にすることのできる言葉であると私は信じています。
キリストは、神の子でありながら私たち人間の一人としてお生まれになりました。私たちの弱さに心を寄せることのできるお方です。キリストの知らない悲しみ、キリストの手の届かない痛みは、この世にありません。私たちのために十字架にかけられ、神に棄てられて陰府に降ったお方は、私たちの絶望に深い憐れみを抱いてくださいます。
私たちは、主イエス・キリストを見上げます。十字架にかけられたキリストを仰ぎます。キリストは私たちの罪のために十字架にかけられ、私たちを救うために復活させられました。キリストが私たちを支えてくださる。だから、この苦難は一時のものであると、私たちはキリストにあって信じます。キリストにあって、永遠の栄光にあずかることを私たちは信じます。
キリスト。このお方こそ、私たちの慰めであり、望みであり、平和です。キリストこそが私たちの救いです。このお方こそ、闇の中に昇る太陽、神からの憐れみの光、情け深い神の平和そのものです。このお方の光が、今日、悲しむすべての人に照らされますように。

2025年8月30日の聖句

主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...