2023年11月8日水曜日

2023年11月8日の聖句

祝福あれ、主の名によって来る人に。(詩編118:26)
しかし、彼を受け入れた人々、すなわちその名を信じる人々には、それがいかに多くとも、彼は神の子となる権能を与えた。(ヨハネ1:12)

今日の旧約聖書の御言葉は、主イエスがエルサレムの都に入城されたときに人々が枝を振って口にした言葉として有名です。「祝福あれ、主の名によって来る方に。」私たちのところへ来てくださった主イエスさまをほめたたえて、人々は喜びました。
よくよく考えると、少し不思議な言葉遣いをしていると思います。「祝福あれ」と言っています。普通、祝福というのは神様から人に対して向けられるものです。ところがここでは、神の子でいらっしゃる主イエスさまに向かって、人々が祝福を叫んでいる。考えてみれば少し不思議ではないでしょうか。人から神に祝福の言葉を向けるということがありうるのでしょうか。
「祝福する」と訳されている言葉は、もともとのギリシア語の言葉の成り立ちを見てみると、「良いことを言う」というような字を書きます。これが神から人に向けられると、祝福するという意味になります。人から神に向けられると、多くは「賛美する」ということだと理解されます。神から人に向かうと祝福、人から神に向かうと賛美と訳される。しかし、もともとは同じ単語の訳し分けです。
私たちがキリストを賛美するというのは、キリストを祝福するということです。私たちのありうるかぎりの良き言葉をお献げする。私たちのところに来てくださる方、私たちの救い主、神の子でいらっしゃる方に最高の賛美と祝福を献げる。
そのようにしてキリストを受け入れ、お迎えし、賛美と祝福の声を献げる者を、神はご自分の子として迎えてくださいます。私たちは祝福に満ち溢れている。私たちは呪いの言葉ではなく祝福の言葉を口にするために生きています。私たちは悪い言葉ではなく祝福の良き言葉を耳にするために生まれてきました。主イエス・キリストという究極の良き言葉、福音の言葉こそ、私たちに向けられた神の祝福であり、また私たちがお迎えして祝福すべきはこのお方なのです。祝福の交流が始まっています。

2024年12月26日の聖句

私が主、彼と共にいる彼らの神であり、彼らがわが民イスラエルの家であることを、彼らは知るようになるーー主なる神の仰せ。(エゼキエル34:30) 今日ダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。(ルカ2:11) 天使が羊飼いたちに向かって宣言し...