2019年8月22日木曜日

2019年8月22日(ネヘミヤ記7〜8)

今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙二4、ネヘミヤ記7~8、雅歌6

ネヘミヤ記7~8;
「城壁が再建されたので、私は扉を取り付けさせた(7:1)」。ついに、ネヘミヤたちの工事が完成しました。そこでネヘミヤが着手したのは、系図の作成です。「神が私の心に指示を与えたので、系図を作成するために、私は貴族と役人と民を集めた。その折に、私は最初に帰還した人々の系図の書を発見した(5節)」。そして6節以下にエズラ記第2章にも載っている、最初の帰還民の系図が載っています。
思えば歴代誌も最初は長い系図から始まっていました。(通読には忍耐を試されました!)私たちには退屈でつまらない名前の羅列ですが、帰還民にとっては、自分たちのアイデンティティそのものです。自分の信仰のルーツを確認する大事な系図です。私たちに置き換えて考えれば、2月4日であり、5月23日です。2月4日はカンバーランド長老教会の祖が丸太小屋で徹夜の祈りをした日であり、5月23日はさがみ野教会の前身の栗原伝道所の創立礼拝を献げた日です。そこから始まる信仰の歴史に私たちも連なっています。
第8章では、神の民の集会でなされたことが記録されています。律法の書が朗読されました。聖書が読まれ、人々はそれに耳を傾けました。「エズラはすべての民よりも高い所にいたので、民の全員の目の前でその書を開いた。彼が書を開くと、民は皆、立ち上がった。エズラが大いなる神、主をたたえると、民は皆、手を上げて『アーメン、アーメン』と答え、ひざまずき、顔を地に伏せて、主を礼拝した(8:5~6)」。聖書を読み、それに答えて賛美が献げられています。私たちがしているのと同じ礼拝です。そして、彼らは仮庵祭をしました。レビ記23:33以下に規定されている礼拝です。ヒゼキヤやヨシヤの治世に祝ったのは過越祭でしたが、仮庵祭はこれと並んでレビ記が大事にしている礼拝です。礼拝を献げることによって、神の民のアイデンティティは確かにされます。私も神の民の一員なのだと、礼拝共同体の一員になることで、私たちは確認するのです。私たちも、同じ礼拝から始まる神の民です。

2019年8月21日水曜日

2019年8月21日(ネヘミヤ記5〜6)

今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙二3、ネヘミヤ記5~6、雅歌5

ネヘミヤ記5~6;
城壁を再建するネヘミヤたちに二つの問題が起こりました。一つは同胞ユダヤ人の間の問題です。彼らの中に貧富の差があった。貧しい者はますます貧しくなり、豊かな者はますます豊になった。格差が固定していったのは、富める者が貧しい者から利息を取っていたからです。そのために、結局奴隷として身売りしなければならない者まで出てきました。しかし、それは律法で禁じられていました。「もしあなたのそばで、あなたの同胞が貧しくなり、あなたに身売りをするなら、奴隷の仕事をさせてはならない(レビ25:39)」。しかし、広がる格差のために奴隷に身を落とす者が現れ始めていました。貧しい者たちがそのことをネヘミヤに訴えました。「彼らの叫びとこれらの訴えの言葉を聞いて、私は大いに怒り、よく考えた末、貴族と役人を責めて、彼らに言った。『あなたがたは同胞どうしで利息を取り合っている。』私はまた大きな集会を招集して、言った。『私たちは異国の民に売られていた同胞のユダヤ人をできる限り買い戻した。それなのに、あなたがたはその同胞を売ろうというのか』(5:7~8)」。ネヘミヤに説得されて、彼らは利息を取るのを止めました。神を畏れて歩んだからです。
もう一つの問題は、サンバラトやトビヤ、ゲショムらの執拗な妨害が続いたことです。城壁を築いて、ネヘミヤたちはクーデターを起こし、ユダヤの王として独立運動を始めようとしているという悪い噂を流されてしまいました。ネヘミヤは敵の行為をこう分析します。「私は悟った。神が彼を遣わしたのではない。彼は私のことで預言を語ったが、それはトビヤとサンバラトが彼を買収したからであった。彼が買収されたのは、私が恐怖心から彼らの言いなりになって罪を犯すように仕向け、私に悪名を着せて、とがめるためであった(6:12~13)」。恐怖心から罪を犯させようという企みだと指摘しています。鋭い評価だと思います。
人に恐怖心を抱くというのは、神を畏れることを忘れてしまったところでおこることとも言えます。そうとすると、最初の同胞の間で起こったことも二つ目の敵の流したフェイクニュースも、根は同じです。神を畏れようとしない心につけ込む誘惑です。礼拝をささげ、祈りに生きることが私たちにとって欠かすことのできない尊い道であり、私たちが人間らしく生きるための確かな道です。神の御前に生きることこそ、私たちの命です。

2019年8月20日火曜日

2019年8月20日(ネヘミヤ記3〜4)

今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙二2、ネヘミヤ記3~4、雅歌4

ネヘミヤ記3~4;
第3章では、誰がどこを再建したのか、丁寧に報告しています。羊の門を再建した人、魚の門を再建した人、エシャナの門を修復した人、谷の門、糞の門、泉の門、馬の門。名前が記されているというのは、一人ひとりが責任を持ってこれにあたったということであろうと思います。
しかし、その事業は簡単には進みませんでした。「サンバラトは、私たちが城壁を再建しているということを聞いて怒り、激しく憤ってユダヤ人を嘲った(3:32)」。「側にいたアンモン人のトビヤも言った。『彼らが再建したところで、彼らの石壁など、狐が上るだけで崩れてしまうだろう』(35節)」。ネヘミヤは祈ります。「私たちの神よ、お聞きください。私たちは辱められています。彼らのそしりを彼らの頭上に返し、捕囚の地で略奪を受けるようにしてください。彼らの過ちを覆わず、彼らの罪を御前から消し去らないでください。彼らは再建する人々を侮辱したのです(36,37節)」。サンバラトとトビヤ、あるいは他のアラブ人、アンモン人、アシュドト人は、ユダヤ人たちの意気を消沈させ、この事業を諦めさせるべく作業する者たちへの嘲笑と妨害を激しくしていきます。
ネヘミヤたちはこれにしっかりと抵抗しながらこの事業にあたりました。ネヘミヤは人々に言います。「角笛の音を聞いたら、私たちのもとに集まりなさい。我らの神が私たちのために戦ってくださる(4:14)」。そう言って、彼らは「夜明けから星の出るまで、私たちは作業をし、その半数は槍を握りしめていた(15節)」。そして夜になっても、「私も、私の兄弟たちも、部下たちも、私の背後を見張る人々も、私たちは誰も服を脱がず、おのおの投げやりを右手に持っていた(17節)」。神の民、礼拝の再建のために、彼らは抵抗しました。礼拝を守るために戦いました。槍を持つ一人ひとりに、その決意が求められました。槍を持ってしっかりと立つ。そのようにして、一人の自立した信仰者であったのです。

2019年8月19日月曜日

2019年8月19日(ネヘミヤ記1〜2)

今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙二1、ネヘミヤ記1~2、雅歌3

ネヘミヤ記1~2;
エズラと同時代の人、ネヘミヤが登場します。彼はまだペルシアのアルタクセルクセスの王宮にいました。そこで彼は献酌官をしていたのです。それは王にお酌をし、それだけではなく食事の毒味もしていたようです。従って、王の信頼を得ていたと考えてよいとおもいます。つまり、ペルシアでの生活の基盤はしっかりと安定していた、ということを意味します。
ネヘミヤの時代は、ユダ王国がバビロニアに敗れて捕囚となってから、すでに152年経過しています。私たちに置き換えて考えると、明治元年が1868年ですから、152年前となるとまだ江戸時代ということになります。150年間その地で生活したのであれば、もう移民として新しい地に完全に根付き、その国の人です。しかしネヘミヤは、遙かな故郷のことをいつも気に掛けていました。「私の兄弟の一人ハナニが、数人の者と共にユダからやって来たので、私は捕囚を免れて生き残っているユダヤ人について、またエルサレムについて尋ねた(1:2)」。
ハナニの答えは、ネヘミヤにとっては辛いものでした。「捕囚の生き残りで、その州に残っている人々は、大変な苦悩と恥辱のうちにいます。またエルサレムの城壁は崩され、門は火で焼かれてしまいました(3節)」。ネヘミヤはその知らせを聞いて泣き、断食をして祈り、エルサレムに帰る決意をしました。アルタクセルクセス王に頼んで、彼の地に帰らせてもらいます。その目的は、エルサレムの城壁の再建でした。
今日のところには「神の恵み深い手が私の上にあったので(2:8)」とあります。この恵みの手を信じて、一人の信仰者が歩み始めました。同胞へのはらわたのちぎれるようなシンパシー、エルサレムの都で献げるべき礼拝を思い、神に祈り、神を信じて一歩を踏み出しました。同じ神の恵みの手は今私たちの上にもあります。

2019年8月18日日曜日

2019年8月18日(エズラ記9〜10)

今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙一16、エズラ記9~10、雅歌2

エズラ記9~10;
「これらのことが終わって後、長たちが私のもとに近づいて来て言った。『イスラエルの民も、祭司も、レビ人も、この地の民から離れようとせず、カナン人、ヘト人、ペリジ人、エブス人、アンモン人、モアブ人、エジプト人、アモリ人の忌むべき慣習に従っています。彼らもその息子たちもこの地の民の娘をめとり、聖なる種族はこの地の民と混じり合ってしまいました。・・・。』私はこのことを聞いて、茫然として座り込んだ」(9:1~3)。
エズラは、人々がこの地の民と結婚している、という事実を知りました。それを聞いて、ただ茫然と座り込むしかありませんでした。
ヨシュアの次の世代、士師記の時代にも同じことがありました。「イスラエルの人々はカナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の中に住み続けている間に、彼らの娘を自分たち妻に迎え、自分たちの娘を彼らに息子に嫁がせ、彼らの神々に仕えるようになっていた(士師記3:5~6)」。
エズラは祈ります。「わが神よ、私は御前に恥じ入るあまり、顔を上げることができません。私たちの過ちは積み重なってわが身の丈を越え、罪責は大きく天にまで達しています(9:6)」。これは先祖が犯してきた罪そのものです、と悔い改めの祈りをしました。その祈りは人々の間に広まっていきます。「エズラが神殿の前で祈り、泣き伏して罪を告白していたとき、神のもとにイスラエルの男、女、子どもたちが集まって来て、非常に大きな会衆となった。こうして民は激しく泣いた(10:1)」。彼らは、これまでの帰還に結婚したその地の民の人々を、自分たちの中から追い出すことを決め、それを実行したのでした。
最後の処置は私たちの時代感覚にはなじまないものです。自分たちと異なるものを排除する精神は、今の時代に吹き荒れている悪です。エズラの行動を金科玉条に時代の文脈を無視して当てはめるべきではありません。ただ、まっすぐに神に仕え、自分たちの中から罪を取り除く真摯さは、とても大切だと思わされます。私たちも、自分が置かれている状況の中で、主なる神様にまっすぐに仕えていきたいと願います。

2019年8月17日土曜日

2019年8月17日(エズラ記7〜8)

今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙一15:29~59、エズラ記7~8、雅歌1

エズラ記7~8;
祭司の家に生まれ、主の律法を研究し実践していた書記官エズラが、アルタクセルクセス王の時代にエルサレムに帰還しました。前458年のことです。キュロスによる最初の捕囚解放からすでに約70年経っています。彼らが着手した神殿は、それから13年で完成していました。ですので、エズラたちは新しい時代の帰還民の物語、ということになります。最初のエルサレムへの帰還の時には、神殿再建というはっきりとした目標がありました。そしてエズラの時代には新しい時代の新しい課題がありうました。教会でいえば、開拓伝道の時代から次の教会形成の時代に移った、ということでしょう。繰り返しになりますが、エズラの帰還は第一回帰還から約70年後、神殿の完成から45年後のことです。
新しい時代とはいっても、華々しい新しさの中に生きたわけではありません。崩壊した神の民は、やっとのことで神殿が完成しただけで、まだ民そのものの基礎はバラバラのままです。再建は、新設よりも難しい。そこでエズラが着手したことは何か。アルタクセルクセスがエズラに与えた書簡にはこのように書かれています。「あなたの手にある神の律法に従って、ユダとエルサレムのことを調べ、エルサレムに住まわれるイスラエルの神に対して、王と参議たちが自発的に献げる銀と金、おより、バビロニアのすべての州であなたが得るすべての銀と金を、民と祭司たちが自発的に献げるものと一緒に、エルサレムにある神の宮へ携えて行くためである(7:15,16)」。つまり、律法による国作りと、礼拝の改革です。聖書に記された神の言葉に従って生き、神を礼拝することによって、神殿は建物だけでなくその内実が完成するのです。
8:21~23を見ると、帰還の道中、エズラは兵士に身の安全を守ってもらうことを善しとはしなかった、ということが書かれています。彼らがしたことは、「それゆえ、私たちは断食して神に願い求め、神はその祈りを聞き入れられた(8:23)」ということでした。力ではなく、祈りに生きた。これも示唆にとんだエピソードです。

2019年8月16日金曜日

2019年8月16日(エズラ記5〜6)

今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙一15:1~28、エズラ記5~6、コヘレトの言葉11~12

エズラ記5~6;
エズラ記は世界史的な、スケールの大きな記録です。預言者ハガイや預言者ゼカリヤに導かれながら人々が主の神殿の再建に取り組んでいると、「アバル・ナハラ州の総督タテナイとシェタル・ボゼナイ、およびその同僚たちが彼らのもとにやって来て言った。『誰があなたがたに命じて、この神殿を建て、内部を仕上げようとしたのか』(5:3)」。ユダヤ人たちは、この工事がキュロス王の指示によるものであることを証言します。「キュロス王はこの神殿を再建する命令を下されたのです(13節)」と。それで、彼らは本国のダレイオス王に書簡を送って、事の次第を確かめようとします。
このダレイオス王は前521年から王位に就いています。キュロス王はすでに何代か前の王です。どちらも、ちゃんと世界史に名前が残っています。
ダレイオスはこの書簡を受けて宮廷の記録を改めました。すると、キュロスがユダヤ人に命じて神殿を再建させていたことが公文書としてきちんと記録されていました。しかもその目的が「彼らが天の神に宥めの香りを献げ、王とその一族の長寿を祈るためである(6:10)」と書かれていました。そのように、ユダヤではない外国の公文書に書かれていたことは、驚くべきことであると思います。キュロス王の指示もあって、ダレイオスはユダヤの神殿再建と礼拝のために援助をしてくれるようになったのでした。
私たちの礼拝の営みは、小さなものです。ペルシアの首都はスサという場所でしたが、そこから見ればエルサレムなど世界の果ての片田舎に過ぎなかったことでしょう。しかし、そこで献げられている礼拝は、誰も知らなかったけれど、実はこの世界をつくり、世界史をも支配しておられるただお一人の神様への礼拝でした。この小さな礼拝の営みには、実は、世界史的な意味があるのです。私たちの献げる礼拝にも、同じ重みがあります。この天地をお造りになった神様の御前にいることに、大いなる喜びとへりくだりをもって、礼拝の営みを続けていきたく願います。

2025年8月30日の聖句

主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...