2019年8月16日金曜日

2019年8月16日(エズラ記5〜6)

今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙一15:1~28、エズラ記5~6、コヘレトの言葉11~12

エズラ記5~6;
エズラ記は世界史的な、スケールの大きな記録です。預言者ハガイや預言者ゼカリヤに導かれながら人々が主の神殿の再建に取り組んでいると、「アバル・ナハラ州の総督タテナイとシェタル・ボゼナイ、およびその同僚たちが彼らのもとにやって来て言った。『誰があなたがたに命じて、この神殿を建て、内部を仕上げようとしたのか』(5:3)」。ユダヤ人たちは、この工事がキュロス王の指示によるものであることを証言します。「キュロス王はこの神殿を再建する命令を下されたのです(13節)」と。それで、彼らは本国のダレイオス王に書簡を送って、事の次第を確かめようとします。
このダレイオス王は前521年から王位に就いています。キュロス王はすでに何代か前の王です。どちらも、ちゃんと世界史に名前が残っています。
ダレイオスはこの書簡を受けて宮廷の記録を改めました。すると、キュロスがユダヤ人に命じて神殿を再建させていたことが公文書としてきちんと記録されていました。しかもその目的が「彼らが天の神に宥めの香りを献げ、王とその一族の長寿を祈るためである(6:10)」と書かれていました。そのように、ユダヤではない外国の公文書に書かれていたことは、驚くべきことであると思います。キュロス王の指示もあって、ダレイオスはユダヤの神殿再建と礼拝のために援助をしてくれるようになったのでした。
私たちの礼拝の営みは、小さなものです。ペルシアの首都はスサという場所でしたが、そこから見ればエルサレムなど世界の果ての片田舎に過ぎなかったことでしょう。しかし、そこで献げられている礼拝は、誰も知らなかったけれど、実はこの世界をつくり、世界史をも支配しておられるただお一人の神様への礼拝でした。この小さな礼拝の営みには、実は、世界史的な意味があるのです。私たちの献げる礼拝にも、同じ重みがあります。この天地をお造りになった神様の御前にいることに、大いなる喜びとへりくだりをもって、礼拝の営みを続けていきたく願います。

2026年3月22日の聖句

今週の聖句: 人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た。(マタイ20:28) 今日の聖句: 隣人について偽りの証言をしてはならない。(出エジプト記20:16) あなたがたが、すべて偽りは真理から生じないことを知っているから...