伝統的な罪の悔い改めの祈りに、「わたしは思いと言葉と行いとによって罪を犯しました」という告白がある。近年、更に「怠惰によって」とも付け加えられている。いずれにしても、これらにおいて「完全な道を歩き、正しいことを行う人」は主の幕屋に宿り、聖なる山に住み、とこしえに揺らぐことがない。自分を見ると悲しくなる。キリストに救って頂くより他ない。キリストがわたしの思いも言葉も行いも必ず清めてくださると信じて。
2025年5月15日の聖句
神よ、砕かれ悔いる心を あなたは侮りません。(詩編51:19) (イエスの言葉)徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。「神様、罪人の私を憐れんでください」。言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人である。(ルカ18:13~14) 「義とされて...
-
さがみ野教会の皆さま おはようございます。 気持ちのいい、爽やかな秋空の朝を迎えました。お変わりなくお過ごしでしょうか。 明日14日の日曜日の礼拝は成長感謝礼拝(子ども祝福式)です。 讃美歌や説教などが子ども向けのものとなり、大人と子どもとが共に神さまを礼拝し、子どもたちへの祝福...
-
仲間に向かって平和を口にするが心には悪意を抱いている「神に逆らう者」いる。しかし、私は主を呼び求めます、と告白する。「至聖所に向かって手を上げ、あなたに救いを求めて叫びます。」新約の信仰に生きる者にとって、この至聖所はキリストがおられる「恵みの座」であり、我らは大胆にもそこに近...
-
神によって私たちは力を振るいます。(詩編60:14) きょうだいたち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を、神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。(ローマ12:1) 今日の二つの御言葉がいっしょに掲げられているというのは本当に面白いなと思います。神によっ...