2016年4月17日日曜日
ルカによる福音書4:16-21「良い知らせがあります!」
「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたときに実現した。」主イエスはそうおっしゃいました。「今日」です。昨日でも、明日でもありません。神を礼拝し、キリストの言葉に聞く「今日」、福音を告げる聖書の言葉が実現したのです。今日、この礼拝でキリストはそうおっしゃいます。「あなたがたが耳にしたとき」は直訳すると「あなたがたの耳の中で」という意味です。わたしはこの表現が好きです。わたしの耳の中で、福音が本当のことになるのです。何とすばらしい事でしょう。キリストはおっしゃいます。そのことを信じてほしい。いや、福音を経験してほしいと、私たちを招いておられます。キリストがこのときに朗読し、実現したと宣言された聖書の言葉は、これです。「主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである。主が私を遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」12日までの一週間、フィリピンのイロイロ市にある姉妹教会を訪れました。現地の教会が子どもたちのために行っているプログラムを見学しました。歌をうたい、ダンスをし、聖書を読んで、子どもたちの一番の楽しみはお昼ご飯を食べることです。ここに参加している子どもたちの多くは貧しい家庭から来たのです。皆で楽しそうにご飯を食べていました。プログラムの後にある子のおうちにお邪魔しました。とても小さく、貧しい家です。イロイロ教会の長老さんがそこでおっしゃっていました。私もこの地域の出身だ。とても貧しかった。今、私と同じところに生まれた子どもたちが主イエスの福音を聞いている、神の愛を知らされている。神さまは本当にすばらしい事をしてくださった。「貧しい人に福音を告げ知らせるために」キリストが来てくださったのです。教会がキリストの手となり足となって、貧しい人に主の恵みの年が来たと宣言されているのです。「主の恵みの年」というのは旧約聖書に登場するヨベルの年のことです。50年に一度、全ての借金が帳消しになる特別な年です。神が造られた人間も、社会も、素晴らしいものです。しかし、時間と共に経済力の多寡や生まれついてのハンディキャップのために社会は歪みます。そういう歪みを正すのがヨベルの年、主の恵みの年です。現在、世界の富裕層上位62人が保有する資産の合計は、下位36億人が保有する資産の合計と同じなのだそうです。明らかに歪んでいます。ただ、私は考えないといけないと思います。「貧しい人に福音を告げ知らせるため」というのは、私たちが貧しくてかわいそうな人を見つけて、良い事をしてあげて、気持ちよくなるため、という意味ではありません。「捕らわれている人に解放を」、「圧迫されている人を自由に」の解放と自由は同じ言葉で、他の箇所では「赦し」という意味で使われています。罪の赦しです。この社会の歪みを生み出すものは一体何か?それは他ならぬ私たちが捕らわれている罪です。強欲の罪、貪欲の罪です。一体どうしたら解放されるのか?社会システムが良くなれば良いのか?道徳的に諸国民が向上すれば良いのか?非現実的です。この歪みを正すためには、主の恵みの年が必要です。自由・解放の年が。キリストは、その時が来たと宣言されるのです。
2025年8月30日の聖句
主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...
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