2017年6月16日金曜日

詩編第73編「心の清さは神を求める愚直さ」


神は心の清い人に対して恵み深い。しかし、2節ですぐに「それなのにわたしは、あやうく足を滑らせ」、と続く。それだけに身近な詩編だ。何を誤りそうになったのか?神に逆らう者の安泰がうらやましくなった。神に逆らっても安泰なら、心清く生きる意味がどこにあるのか?むなしいではないか(13節)。多くのキリスト者がこの葛藤を知っているのではないだろうか。しかし、神が私の手を取り、心愚直に神を求める者に御自分を示して下さる。

2025年8月30日の聖句

主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...